青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
今日は、昨日もご紹介しました通り、1976(昭和51)年9月30日開通の、内畑系統の34歳の誕生日です。なぜ月末の、それも木曜日という中途半端な曜日だったのかが不思議ですが、この前日に、最後まで残っていたボンネットバスが車検切れとなり、9月11・12日の拙稿で書かせて頂いた通り、完全ワンマン化が実施されたということで、大津営業所としては、かなり大きな動きのあった日のようです。

バスが外畑を出ると、運転手さんが忘れていない限り、大抵すぐに、
「次は 内畑 内畑 終点です」
とアナウンスされますが、その遠いこと遠いこと。2キロほどあります。普通なら4つか5つバス停がある距離です。京阪バスの中では、バス停間の距離がかなり長い部類に入ると思います。
 外畑から1キロ少々走ると、このような、見落としそうな細い道が右手に続いているのが見えます。ここ20数年の間に、京滋バイパスの南郷ICに続く道など、右に曲がる道が何本かできて、紛らわしいので、「石山内畑町」と書かれた看板がないと、本当に通り越してしまいそうです。

内畑口1

同じ場所でアングルを変えて撮影。「内畑 0.8K」と書かれているのだと思いますが、かなり読み取りにくいです。
ここには、宇治川ライン線の「内畑口」というバス停がありました。もはやポールがどこだったのかは分かりませんが、周りに民家や施設があるわけでなく、内畑系統が停まっても意味がないためか、停まるのは宇治川ライン線だけでした。

内畑口2

少し道を入ってから宇治川ラインを振り返ったシーン。

内畑道中2

同じ地点から内畑方面を臨む。

内畑道中3

カーブの繰り返しで、見通しはあまり良くありません。

内畑道中4

昼なお暗い林を進みます。

内畑道中5

一番きついカーブから内畑方面。バスが開通する時に、市や自治会が道を拡幅したり、回転できる場所を作ったりして協力したようです。

内畑道中6

京滋バイパスのガードをくぐります。

内畑道中7

途中でバスが現れると↓の写真のような感じです。平日の朝夕は、2年前の減便以後も、S車1台だけでは物理的に回せないダイヤなので、こうして大型車が現れることもあります。最近は、朝7:05発にW-1202かW-1999がよく使われています。
因みにこのバスは大石小学校7:28発の石山駅行きになり、石山駅からは折り返し8:10発の滋賀大学直通便になります。

W-1202 

ここ数カ月、W-1202のリアの表示の調子が悪く、最後の1文字がよく見えませんが、新しくプログラムされたためか、大津管内では非常に珍しく、リアでは略されることが多い経由地表示(曽束)が入っています。

W-1202 リア


もうあと少し!

内畑道中9

着きました!この時はW-1999が使われていました。

W-1999 内畑

山科営業所管内の「小山」は1軒の民家の周りをバスがターンしていくことで有名ですが、ここでは、「石山内畑町自治会館」の周囲をうまく回転します。回送や、内畑行きは、上の写真の右手にチラッと写っているポストのある側を通って、自治会館の裏手を回り、バス停に滑り込み、乗降扱いを行います。
裏手から撮るとこんな感じです↓

A-3768 内畑

夕方の大石小学校で…W-1202。かつて、石山駅始発だった頃は、2 外畑・内畑と、普通の経由地表示と違って、「外畑」も「内畑」も同じ大きさの文字で表記していました―――

W-1202 内畑行

2008年11月のダイヤ改正前の車内掲示。

車内掲示

内畑は、京阪バスの中では、末端中の末端の1つですが、かつては、岩間寺への参詣の道筋として、重要な場所でした。歴史ある集落の中にあって、バス路線はまだ34歳と若いですから、集落と一緒に、静かに歴史を刻んでいってほしいものです。

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コメント
この記事へのコメント
No title
こんにちは。
内畑行きが開設されるときの車内の告知は覚えています。
「②外畑・内畑」の幕も。
あの頃外畑・内畑の子供たちは石山小学校にバスで通っていて
クラスメートにも何人か外畑から通っている子供がいました。
内畑から通っている子供は記憶にないですね。
2010/10/03(日) 11:56:55 | K2 | #-[ 編集]
内畑
こんにちは。
リアルに車内告知を覚えていらっしゃるんですね。他にどんなことが書かれていたのでしょうか。
それにしても、南郷小学校がまだないんですね!この3年後の昭和54年開校で、今の南郷小学校の位置は、旧南郷中学校(現・石山中学校)なんですね。
外畑、内畑は、明らかに大石小学校の方が近くて、「大石外畑町」などと、間違って印刷されている地図もあるくらいなのに、石山小学校に通うことになっていて、今はバス路線も大石が拠点になっているのに、南郷小学校区である辺り、昔の行政区画(栗太郡大石村 昭和26年大津市に合併、外畑、内畑は旧滋賀郡石山町の一部として、昭和8年、大津市に合併)の名残が見てとれます。

内畑は人口が少なく、子どもも当時から少なかったのでしょうか。おととし11月1日のダイヤ改正で、内畑始発だった南郷中学校行きが外畑始発になったので、もはや内畑に、学齢期の子どもがいないのかな、と気になっています。
2010/10/03(日) 12:14:27 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
大阪府最後のボンネットバスだった京阪バス田原線
1976年9月30日は京阪バス大阪地区の田原線からボンネットバスが撤退し大阪府からボンネットバスが撤退した日でした。

京阪バス田原線の前身は
国道163号を走る大和田田原線(大和田駅~八の坪)と、
国道168号を走り奈良県を通る私市田原線(交野駅(現・交野市駅)~八の坪)がありともに枚方営業所管轄でした。

1975年3月10日に私市田原線は交野駅発着となった後、
1976年9月30日に大和田田原線と私市田原線は統合され田原線18系統となり大和田駅~交野駅直通になり八の坪バス停は廃止されたようです。

大阪府四條畷市上田原八ノ坪(奈良県生駒市との境)にあった八の坪バス停跡の痕跡はありません。

八の坪に折り返しスペースがなさそうなのもボンネット車だと平気で折り返せたでしょうし、
国道163号は清滝峠(現在は清滝生駒道路が開通し市道へ降格)も含め当時も2車線あり走りやすかったが
(この区間を走っていた近鉄バス高山線(現在の清滝線)は70年代前半でも日野RCのような大型車が運用されていたくらい)、
国道168号は磐船神社前や磐船隧道が狭かった
(この区間を走っていた奈良交通私市線は日野かいすゞの中型車だったようだが)
のも大阪府最後のボンネット車だった理由でしょう。

奈良県で最後のボンネットバスはその3年後の1979年、五条駅から奈良県道732号を走っていた富貴線だったようです
(富貴は和歌山県高野町)。
2017/09/03(日) 09:02:36 | 安田 | #1t1ExJwE[ 編集]
Re: 大阪府最後のボンネットバスだった京阪バス田原線
安田様、初めまして。コメント頂きありがとうございました。

田原線のことなんて書いたことがあったかな?と思って確認したら、むしろ1976年9月30日つながりでコメントを下さったのですね。ありがとうございます。

この日は京阪バス全体でいろいろなことがあった日なのかもしれません。

八の坪行きのボンネットバスの写真は「DRFC-OB デジタル青信号」さんのページhttp://drfc-ob.com/wp/archives/11741で取り上げられています。

写真を初めて見たのはもう何年も前で、ネット上にも情報がなく、一体どこのことなのか調べるのに暫く難渋しました。

大津が専門で大阪はなかなかフォローできませんが、この八の坪は現行路線に存在せず、正式な行政地名でもなく、ネット上の情報も少ないところが他と違っていて却って興味深いので、いつか行ってみたいです。
2017/09/03(日) 13:02:45 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
大阪府最後のボンネットバスだった京阪バス田原線
猿丸さん、ありがとうございます。

1976年9月30日は京阪バスにとって特別な日だったと思われます(生まれる前ですが)。

親会社の京阪電車はこの日にダイヤ改正が行われなかったようです
(1977年3月改正では4月の地下鉄谷町線開業に先立ち守口市駅への急行・準急停車が開始されたが)。

田原線の交野(1975年3月9日以前は私市)~八の坪についてですが、
設定されたのは1969年以降のようでそれまでは大和田~八の坪のみだったようです。

大和田~八の坪のみだった時期は寝屋川営業所(門真営業所開設後は門真営業所)管轄だったでしょう。

八の坪バス停跡は中番バス停近くの府道701号から南へ向かう狭い市道が府県境の天野川を渡るすぐ手前だったようです。
現在は近くに奈良交通と四條畷市コミュニティバスのバス停があり(このバス停は1990年に開通した四條畷市道3号沿い)、
奈良交通は生駒駅へ、
四條畷市コミュニティバス(京阪バス門真営業所車)は忍ヶ丘駅or四条畷駅へ向かうようですが
大和田駅直通はありません。

四條畷市田原は生駒山地の東側に位置し、
山を越えた四條畷市街よりは奈良県生駒市との結び付きが強いです。

市外局番は奈良市外0743(市内局番は生駒市北部と同じ78・79)であり
(田原でも府道8号阪奈道路沿いと某ゴルフ場は四條畷市街と同じ寝屋川072-8)、
関電は奈良営業所管轄
となっています。
郵便番号は現在は四條畷市全域が〒575ですが、
1995年以前の四條畷市田原は奈良市・生駒市と同じ〒630でした。

その割に四條畷市田原に奈良交通バスが走るようになったのは意外にも平成になってからであり、
それ以前は京阪バスと近鉄バスだけでした。

といっても府県境を越えてすぐの国道168号は奈良交通北田原線(生駒駅北口~北田原。1997年以前は生駒駅南口発着)があり、
当時は私市線(京阪私市~東生駒)や生駒木津線(生駒駅南口から国道168号→163号を経て京都府木津町(現・木津川市)の木津駅まで)もありましたが。

田原を走る京阪バスも四條畷市コミュニティバスを除けば土日・祝日に2本しかない交野市駅~田原台1丁目(旧・滝寺)のみであり
(奈良県を走る唯一の京阪バス。四條畷市コミュニティバスも奈良県を通る便があるが)、
近鉄バス高山線→清滝線は清滝橋~飯盛霊園・高山(国道163号沿いの生駒市高山町)が廃止され撤退しています。



2017/09/03(日) 23:12:03 | 安田 | #1t1ExJwE[ 編集]
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