青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
下手で申し訳ないのですが、宜しければアメリカの作曲家・音楽教育家のギロック(William L. Gillock 1917-1993)作曲「音もなく降る雪」“The Silent Snow”をお聴き下さい。たった10小節ほど1分弱の短い曲です。



ギロックの曲は短いものが多くて、音も少ないけれど、それこそO・ヘンリの短編小説や、日本なら俳句や短歌のように1つの世界をうまく切り取っていて、驚くほどきれいです。

こんなふうに、静かに降ってくれる雪(のように私の演奏で聴こえたか分かりませんが…)ならいいですが、たまにドカ雪が降ると困ったものです。家にいられるなら、雪もいいものですが、仕事で外に出なければならないとなると、子どもの頃のようにはしゃいでもいられません。遅れるバスや、込み合う電車に辟易しながら、滑る足元に気を遣って、仕事1日分の気力と体力を使いながらの出勤でぐったり。

そんな雪の日の交通についての投稿が、51年前の今日、1962(昭和37)年1月29日付京都新聞に掲載されていました。第1滋賀版の『窓』から↓

ssS37.1.29K1S バスと公共性について(投稿)

醍醐住人氏、京阪バスにお怒りです。市バスは夜まで運行していたのに、京阪バスは、夕方5時に運行を休止し、社員が「クサリを巻いてまで運行はしない」と答えたのが気に入りません。
「クサリ」「クサリ」と書かれるので、私は、バスターミナルにクサリを張って閉鎖したのかと一瞬勘違いしましたが、これはタイヤチェーンのことですね。

市バスが午後9時ごろまで運行していたことも、京阪バスの社員が「運行はしない」と答えたことも、あくまで「聞いたところ」の話なので、どこまで正確なのか分かりませんが、この条件が正しかったとして、皆さんは市バスと京阪バス、どちらの対応がよいと思われるでしょうか?


ssIMG_3131.jpg

私はこの記事を読んで、数年前のある朝、大津京駅からタクシーで山中町発銀閣寺道行きの撮影のために山中町に向かった時の運転手氏の、「その前の冬に、雪で大津比叡平線がストップしみんなタクシーに殺到した」という話を思い出しました。

思いがけないいい商売になったんだからいいじゃないか、と思ったのですが、その方は商売より公共交通の責任ということを大事に思っていたようで、

「雪ぐらいで運休するなんて京阪バスは公共交通機関の役割を果たしていない、雪道の運転も満足にできないくらい下手クソなのか」

とお怒りでした。
どの程度の雪だったのか分からない私は、そうですかぁ…と、あいまいに相槌を打ちながら、田ノ谷峠手前のカーブから左手の深い谷を窓からそっと見下ろして首を竦(すく)めました。

          §                 §

降雪量や当時の道路の状況もあるからこれだけで答えは導き出せませんが、私は醍醐住人氏が言うように京阪バスが一方的に悪いとは言い切れないと思います。

平素は私企業はサービスがよく、公企業はサービスが悪いと言われているが、路線に危険性が生じると、企業意識が優先し、公共性がおろそかになりやすい傾向がある。



確かに、巨大なる公企業であった国鉄は「乗せてやっている」という態度ではあるものの、表現を変えると、「乗せてやらないといけない」というような職業意識はあったのだろうと思います。

でも、乗客(そして乗員)の安全を確保する責任があるのもまた確かで、醍醐住人氏が言うように、「危険性が生じると、企業意識が優先し」たという理由だけで運行を休止する、とは限りません。
1968(昭和43)年8月18日の「飛騨川バス転落事故」を引き起こした豪雨の時、現場近くの国鉄高山本線白川口の駅長は、乗客にどんなに詰め寄られても、遅れていた列車を発車させようとしなかったというのは有名な話で、実際それで正解だったのだろうと言われています。

寧ろ「企業意識」が優先して、安全性がなおざりにされることの方が最近、大きな事故やトラブルを増やしているとも考えられます。

そもそも「公共性」と、「危険性」「安全性」を対立する概念として秤にかけて論じること自体に無理があるような気がしてなりません。公共性があるからこそ、危険を回避するために運行を停止する、という判断は、先述の白川口駅の事例のように、あり得ることだからです。

もちろん、市バスが安全に運行できていたのは確かなのでしょうし、そうだとするならほぼ同じ地域を走る京阪バスが運行できない理由はないと考えられますから、その点を「怠慢」と醍醐住人氏が受け取ってしまうことは無理もない気がします。

IMG_3111.jpg

でも逆に、この当時の日本の道路は国道でも舗装率3割程度、都道府県道に至っては1割以下(!)ですから、醍醐方面もまずほとんど舗装はされていなかったはずで、そんな道に雪が降っているのに、運行する市バスが、向う見ずなのではないか、と考えるひとがあっても、それはそれで不思議ではないと思います。

結局どっちやねんといわれそうですが、現実は変数が多すぎて解くことができない方程式のようなもので、でも割り切れない中で、与えられている条件を元に何を優先させるのかを判断する力を試される場所なのだろうと思います。
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