青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
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烏丸五条 からすまごじょう
所在地:
開設年月日:
廃止年月日:(京都比叡山線として)
付近:京都市営地下鉄五条駅 京都五条東洞院郵便局 サンクロレラ本社 
キロ程:


京都比叡山線の旧線は、京都駅からまっすぐ烏丸通を上がっていきます。
烏丸通の起源については諸説ありますが、吉田金彦は、「川原」「洲」(かはら・す)に、古代朝鮮語の「マウル」(村)が結びついて、「ル」の音が脱落し、「川原の砂州の上に発達した場所」を表したのが原義ではなかろうか、としています。江戸時代ごろまでは、今となっては想像できませんが、今よりもっとたくさんの川が京都市中を流れていたようです。「烏丸川」という川も、江戸時代よりもっと以前にはあったようです。その川の名から烏丸小路が生まれ、今日の烏丸通になったとしています(『京都の地名を歩く』P10-11)。



ここは、どのポールに京都比叡山線が停車していたかという確たる資料がなく、取り上げ方に迷ったのですが、京都比叡山線が烏丸通回りだった頃の住宅地図に書かれたバス停位置を参考にしたいと思います。

↓まず、北行き

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平成初期までの北行きポールは、現在、市バスと京都バスが停車している位置↓より若干北、楊梅(ようばい)通との交差点付近にあったようです。

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なお、楊梅通は、京都の通り名をうたったわらべ歌の中では「雪駄ちゃらちゃら」の「雪駄」の部分に当たる「雪駄屋町通」のことです。

現在、82・82C号経路が停車している北向きのバス停は、昭和の頃の住宅地図には記載がなく、ここに京都比叡山線が停車していた可能性は低いと思われます↓

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一方、南行きの方が複雑です。現在はポールそのものが全くない烏丸五条交差点北側に停まっていたのか、南側に停まっていたのかは今私が所持している資料では判断できません。

↓現在の南行きのバス停は烏丸五条交差点の南側にあります。

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現在は、烏丸五条以南の烏丸通を走行する京阪バスの定期一般路線はないため、ここに停まる京阪バスはありません。
京都バスは、比叡山線を含めすべての京都駅行きがここに停まっています。

↓平成初期まではこれより若干北にポールがあり、全てのバスがそこに停まっていたようです。

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↓対向車線から望む。

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こうして見ると現在の位置からのずれは僅かです。

もう1つ考えられるのは、先にも触れました、烏丸五条交差点北側です。

↓北を望んでいます。

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↓南を望んでいます。

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ポール位置はあくまで住宅地図を参考にしての推定です。

このバス停の所在地がまた「悪王子町」(あくおうじちょう)という実に奇妙な町名です。
江戸時代初期にはもう「悪わうぢ丁」と書かれている洛中絵図があるそうです。簡単に言ってしまうと、「悪王子社」という神社があったことに由来する地名です(『京都市の地名 日本歴史地名体系27』P911-912)。

「悪」というのは、現代の感覚でいえば単に「悪い」ということですが、もともとは「力強い」ことも意味しており、「悪王子」は素戔嗚尊(すさのおのみこと)を指すのだそうです。

↓近くのマンションで

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却って話題性があって売れそうです。

次は、四条烏丸【京都比叡山線旧線】/烏丸松原【四条山科醍醐線】/五条高倉【四条山科醍醐線】です。
※本シリーズとしては四条烏丸を取り上げます。
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