青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
神宮住宅前 じんぐうじゅうたくまえ
所在地:(北行き)大津市神宮町
    (南行き)大津市柳川一丁目
開設年月日:?
廃止年月日:2008(平成20)年7月1日
付近:大津市営神宮団地
キロ程:近江神宮前から0.1キロ




近江神宮前との距離が短く、影が薄かった「神宮住宅前」。
「神宮住宅」というのが何なのか、バスに乗っているだけでは分からないので、私も「取材」の時初めて分かったのですが、バス通りから少し奥に入ると、由来になったと思われる、「大津市営神宮団地」があります↓

IMG_0531.jpg

↓気になる不思議なスペース。

IMG_0532.jpg


↓こちらも匿名希望様からバス停があった当時の写真をご提供頂きました。

神宮住宅前

北から南を向いて撮影しています。電柱の陰から、ヘッド部分が顔をのぞかせていて、ベンチも見えます。ほとんど横断歩道上だったことが分かります。

現在↓

IMG_0537.jpg

目立った変化はありませんが、駐車禁止の標識はなくなっています。

北向きの全景写真に、バス停があったと考えられる位置を書き込みました↓

IMG_0545.jpg

上下どちらのバス停も、横断歩道の上にバスが止まらざるを得ない感じですね。今改めて申請しても、この位置ではバス停を設置する許可が出ないことでしょう。恐らく「既存不適格」のような状態で、バスも実際には宮前橋のように少しずれるような形で停車していたのかもしれません。私も数えるほどしか乗ったことがありませんし、ちょうどここで乗降する客がいなければ気づかないことなので、何ともわかりません。

このバス停の特徴は、それだけでなく、上下両方向とも、ポールがあった跡がしっかり残っていることでしょう。

↓こちらは北行き

IMG_0542.jpg

IMG_0541.jpg

↓南行きも

IMG_0540.jpg

IMG_0539.jpg

この痕跡も、やがて何か工事が行われたら、失われてしまうことでしょう。

今、ふと思い出したのですが、私は幼稚園の頃、キャラクターや動物の絵が描かれている布団や食器を見て、
「いつかこの布団も食器も、捨てられてしまうんだ。このクマも、ゾウも、みんな今は笑っているのに…」
と思って、ひとりで泣いていたことがよくありました。
既に世の中の無常さや儚さ滅びゆくものへの哀惜を伴った関心があったということなのかと思う半面、この歳になると、そんなことを考える子ども、怖いなあ、精神状態は健康なのかな?と心配になったり。

次は、郵便局前です。
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