青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
大津駅 おおつえき
所在地:大津市春日町 (びわ湖競艇無料送迎バス用のバス停は大津市京町三丁目、現在のバスターミナルが建設される前の石山方面バス停は大津市末広町)
開設年月日:1928(昭和3)年3月1日?
付近:JR大津駅 アル・プラザ大津(旧平和堂大津店) 逢坂市民センター(大津市役所逢坂支所・大津市立逢坂公民館) 大津市立逢坂小学校 プエルタ大津 大津地方裁判所 大津びわ湖合同庁舎(大津地方法務局・大津税務署) 大津署大津駅前交番 大津駅前郵便局 愛光幼稚園 (現在ないもの:滋賀大学附属小学校・中学校)
キロ程:京町通から0.5キロ




「大津駅」というタイトルの記事を書くのはなぎさ公園線、旧大津市内線に次いで3回目です。

今回は、そのどちらでも取り上げきれなかったことを取り上げたいと思います。

↓現在、湖岸経由のバスは2番乗り場から発車します。

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なぎさ公園線の写真をそのまま使っています。すみません。
しかし、これはあくまでも現在。
大津駅をよく利用していた20代後半以上の方なら、元のバス停位置がだいたいお分かりになるかと思います。

現在タクシー乗り場になっているのが、駅前が整備される前に浜大津方面の乗り場だった位置です。2005(平成17)年からバス乗り場が今の形になっています。

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ついこないだの話なのに、ネットで検索してもほとんどそれらしい情報は出てきません。私も大津駅で降りることはめったにないので、いつの間にか駅前が整備され、百石町通りが拡幅されて京町通のバス停の位置まで変わっていることにひどく驚いたものでした。

↓乗り場だった当時は、乗り場付近から北東の方向を見ると、大抵江若バスが、発車前に待機していたものでした。まんたろう様が1990(平成2)年4月30日に撮影されていました。

H2.4.30江若交通 滋22 か1062

これは唐崎駅行ですが、私が知っている時代でも、遠く和邇まで行くバスがあったのを覚えています。

↓こちらは、るうパパ様の撮影

京22 か37-22競艇

京22か32-43

いずれも京都ナンバーです。何なら大阪からの応援も珍しくなかった時代は、もう遠くなりました。競艇、競輪の無料送迎バスの乗り場より、一般路線用のバス停の方が駅寄りでした。

↓T.F.様が1978(昭和53)年11月3日に撮影された、駅前に掲示されていた路線図です。

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近江鉄道バスの名神大津発守山駅行きのほか、江若交通においても、先述の和邇駅行はもちろん、何とこの時点で琵琶湖大橋経由の国道辻行きが存在していたことが分かります。

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長くなりましたので、今回はここで一旦区切り、次回は上の路線図に書かれている「地下道を通って」の「地下道」の、北側の出入り口のところから話を進めていきます。

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