青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
京阪宇治バスの話が続きましたので、ここで京阪シティバスも取り上げます。

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「京阪シティバス」と言っても、ある程度詳しい方でないとご存じないかもしれません。もしかすると、宇治や久御山で毎日乗っていた方でも、車体の色から、「京阪バス」だと思い込んでいたようなひとさえいるかもしれません。

1998(平成10)年に京阪バス洛南営業所の一般路線を分離する形で発足し、翌年から運行を開始しました。京阪バスの全額出資子会社で、京阪バス寝屋川支所の運行管理などの委託も受けていました。

京阪宇治バスや京都バスのようなほかの京阪系の会社と違って、自社の公式HPも持っておらず、ほとんどの路線が京阪宇治バスと重なっていて、独自性が低く、一般路線用車両も11台しかなくて影の薄い会社でした。

こうしたことも、京阪宇治バスのエリア内で運行を続ける存在の意味を問われる大きな原因となったことでしょう。

↓これが会社合併直前の段階での京阪シティバス路線の全てです。
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しかし、京阪シティバスの路線は本来、淀宇治線をはじめ、京阪バス草創期からの、京阪傘下に入る以前の宇治バスとの競争の歴史を物語る重要な路線が多かったのは事実だろうと思われます。

本社が不便な場所で、億劫で行ったことがありませんでしたが、「京阪シティバス」の銘板を見られるのは今のうちだ、と3月に行ってきました。

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不便だと思い込んでいましたが、近鉄上鳥羽口駅からなら十分歩けます。



付近に自社の路線がない本社です。通じている道も狭くて、観光車や高速車は入出庫に少々不便そうでした。

路線車はE-3088らしい姿が奥の方にちらっと見えただけだったので、もう八幡に移ってしまったのかと思いましたが、この「取材」の時点ではまだ移動している車両はなかったようなので、どうもそういうことではなく、普通に出払っているようでした。
一方でなぜか宇治バスが1台来ていました。

私は撮影の専門家でも、シティバスの専門家でもないので、撮っている枚数が少なくてそれも碌なものではないのですが、宜しければ引き続きご覧下さい。

↓中書島には、京阪シティバスばかりか、「京阪宇治交通」の標記さえ残っています。

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複雑に離合集散を繰り返しているので、私にもこの組み合わせの4社がいつ揃っていたのか見当が付きません。

↓中書島のターミナル側で。空っぽのK-1819

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この「K」という車番がまたよく分からない存在でした。京阪バスの100%出資子会社であることは周知の事実であり、京阪バスと共通の車番にしていても、何の問題があるということもないと思うのですが。

↓この車の写真はまだありました。

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淀の新バスターミナルですね。
「京阪シティバス」「京阪宇治バス」としてこのバスターミナルに乗り入れていた期間は約2か月ほどなので、この間の写真は貴重なものになることでしょう。

↓夜なので分かりにくいですが、逆にこちらは京阪淀の旧バス停です。

K-1819 淀

今となってはここが乗り場だったということが信じられません。

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↓現在の淀のターミナルに戻って、A-3084

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まだこんな車が動いていたことに驚きました。

↓同じ車を、緑ケ原口付近で。

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↓こちらも年季が入っているA-3083

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後ろに特急が地上を走っているのが見えますから、淀駅改良工事中ですね。

次回もシティバスの特集を続けます。
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