青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
前々回11月19日付拙稿近江神宮前【大津比叡平線開通30周年記念特集4‐1】に続き、「近江神宮前」です。

読者の皆さんでお気に入りの百人一首の歌があるという方はいらっしゃるでしょうか?私は幼稚園の頃から祖父母に仕込まれた、というか、遊んでいるうちに自然にリズムで覚えてしまい、思い出しやすい歌とそうでもない歌など、多少のムラはあるものの、だいたい暗唱できるのは、貴重な財産だと思っています。高校の古文の勉強の基礎固めとなり、モチベーションも高まります。

↓境内では、奉納されたカルタが展示されている他…

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イメージ写真をバックにした百人一首全首のパネルが展示されています。

もともと暗い性格?だけど、今年は憂鬱な気分に陥ることが多くて、お気に入りの喜撰法師の
「わが庵(いほ)は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり」
が身に染みて感じられました。(中央)↓

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奥山に紅葉踏みわけ鳴く鹿の声きく時ぞ秋は悲しき(猿丸太夫 『古今集』秋上・215)(中央)↓
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世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる (皇太后宮大夫俊成 『千載集』雑・1148)(中央)↓

「こそ」→「なけれ」、「ぞ」→「なる」と2回係り結びが使われています。

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よく言えば思索的でしっとりしていますが、悪く言えば暗い寂しい歌が続きましたので、少し違うものを…。

「ちはやふる」のタイトルの由来である
「ちはやぶる 神代(かみよ)もきかず龍田川からくれなゐに水くくるとは」(在原業平 『古今集』秋・294)

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漫画のタイトルは「ちはやふる」ですが、この和歌自体は「ちはやぶる」と読んでいます。実は特別な意味のない「枕詞」で、「神」を導き出しますが、どちらかというと、荒々しい神をイメージさせることばとされています。

龍田川は奈良の王寺のあの竜田川です。
「(不思議なことが起きていた)神々の時代にも聞いたことがなかったことだよ。竜田川が、もみじを絞り染めにしているとは」
というような意味合いで、倒置法が使われています。

在原業平は、一般に美男子と言われ「伊勢物語」の作者とされています。高島市マキノ町の「在原」(ありはら)という集落には、在原業平が晩年を過ごしたという伝承があり、業平の墓と言われる塔があるそうです。

百人一首のうち半数近い四十三首を占めているのは恋の歌です。恋の歌の中で私が印象的なのは「来ぬ人を まつほの浦の夕凪に 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」(藤原定家 『新勅撰集』巻13・恋3・849)ですね(右端)↓

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小倉百人一首撰者、藤原定家(ふじわらのさだいえ)自身の歌で、女性の立場に立って詠まれています。海女ではないかという説があるようです。

「松帆の浦で夕凪の時に焼いている藻塩のように、待っていても来てくれないあの人を待つ私の心は焦がれるようです。」

くらいの解釈でしょうか。「待つ」と「松」が典型的な掛詞で、「たち別れいなばの山の峰に生ふるまつとし聞かば今帰り来む」(中納言行平)にも見られます。「こがれ」までのことばは全て「焦がれ」を導き出す序詞(じょことば)です。

風のない夕凪、ジリジリと暑く、じっとりと汗ばむのにまたそこで藻塩を焼いてより一層暑くなる、そんな中で男を待つ女心の情念は妖艶でさえあります。冬に読んでもじっとりしそうなこの暑苦しさが好きなんです。

↓ふと見上げると、お、ハート?

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↓よくみるとあちこちにあります。偶然でしょうか?何でしょう?

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↓北の鳥居から外に出ました。

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↓パソコンに落として、とんだ失敗写真であることに気づいたので、あまりアップにはして頂きたくないのですが、実はこの北の鳥居の前、近江勧学館の入口前に、滋賀交通の「大津自動車教習所前」のバス停があったようです。

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1984(昭和59)年版までの「ゼンリンの住宅地図」では一部の年度を除き、はっきり確認できます。1970(昭和45)年大阪人文社発行の地図でも、このバス停がちゃんと載っています。
昨年2月24日付拙稿大津市役所新庁舎バス路線問題に膳テツ様がお寄せ下さったコメントにもありましたように、滋賀交通には、はるばると水口からこんなところまで足を延ばす路線がありました。

廃止されてから恐らく30年は経っているでしょうから、さすがに今は何の痕跡もなさそうです↓

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住宅地図に間違いがないとすれば、すごいところでターンしていたものですね。

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↓教習所と反対側を向きました。スペース的には十分だと思いますが、「大津自動車教習所前」というよりは完全に近江神宮の敷地なので、近江神宮の許可がなければ絶対に利用できない場所ですね。「近江神宮北口」とか、そういうバス停名の方がよさそうです。

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住宅地図は数年間その場所で記載があるのでほぼ間違いはないだろうと思われますが、あとで膳テツさんにお話を伺うと、「大津自動車教習所」が滋賀交通の系列なので、バス停とは別に時間調整や乗務員の休憩のためにきっと教習所内で駐車していたのではなかろうか、とのことでした。確かに勧学館などへの通り道で、長時間の駐車は難しそうです。

この辺りから大津比叡平線は本格的に山登りに入ります。
運賃もここまでは「大津市内特殊区間制」区間の「特区」(1区に満たない区間)ですが、これより先は、江若交通の運賃率に合わせているものと思われる「対キロ区間制」で、これより南、石山、南郷方面では見られない不規則な運賃となっています。

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「雨量情報表示盤」に「大石の時間雨量…」と表示されています。この他に出てくるのは伊香立の「途中」だけでした。こんなところで遠く大石の地名を見るとは思いませんでした。

次は、榧尾(かやお)
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