青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
比叡平(比叡平団地) ひえいだいら(ひえいだいらだんち)
所在地:大津市比叡平二丁目
開設年月日:1982(昭和57)年11月7日
改称年月日:1998(平成10)年3月21日 比叡平団地→比叡平
付近:


終点、比叡平に着きました。はっきりとした資料がないのですが、確か97年の京都市営地下鉄東西線開通に伴う、大規模なダイヤ改正の時に、「比叡平団地」から「比叡平」に改称されたと記憶しています。どなたか資料等おありの方、お知らせ下さい。
(と書いていましたが、後日、地下鉄開通の翌年の3月だということがはっきり分かる資料が見つかりました)



比叡平、というのはもちろんもともとあった地名ではありません。
『角川 日本地名大辞典 25滋賀県』によると1975(昭和50)年3月1日に正式に成立した地名で、もともとは山中町と山上町のそれぞれ一部分でした。比叡山の主峰である四明嶽(848m)と如意が岳(477m)の間に開発された平坦面であることに由来する、とあります(P766)。同書編集時点ではバスがまだ路線化されていなかったのか、「交通の便は開発業者のチャーターしたバスが1日9便程度、大津~京都間を結ぶ以外は余りなく」とあります。また、「住民は京都市からの移転者が多く、通勤・買物などは京都市側にかなり依存する」ともあり、この時点で既に大津市側より京都に頼った生活であることが窺えます。大げさに言えば大津比叡平線を存亡の危機に晒す芽はもう出ていたとも見えます。チャーターバスの運行も、京都が先で、奇しくもちょうど42年前の今日、1970(昭和45)年12月20日が開通日でした。

↓終点の光景、分かりにくいですが、道路右手の黄色い幟が立っている辺りに、「おりば」専用ポールがあります。

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↓乗り場のポールは、もう少し北にあります。

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↓ここでは夜間撮影したこともあります。

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比叡平全体の中では南の端の方なので、静かです。
更に南の奥の方に、バスの回転場があります。

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↓回転場からバス停の方向を見ますが、道が屈曲しているのでバス停は見えません。

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この回転場が使えなくなってしまう、と報じられたことがあったのですが、今その新聞記事が見当たりません。

11月7日付拙稿大津比叡平線・京都比叡平線30周年にUPした写真を再掲します。

IMG_3168(2).jpg

この辺りの空は、いつも印象的です。

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最近行った時も素晴らしい夕焼けでした。
「標高が高くて空に近いからかな」
と言ったら、理系の友だちに「いい歳して子どもの詩みたいなことを言うなあ」と笑われてしまいました。私は、自分でも何か変なのかな、と思うくらい理科的な発想や数的量的感覚が極端に乏しくて、周囲に驚かれることがあるのですが、天文学的なスケールで見たら、そんな違いは取るに足らないんですね。でも、塵の量が麓より少なくて、屈折の仕方が違うかもしれません。尤も塵の量は多いほど、反射が多くなって、夕焼けは赤く見えるのだそうですが。

今回で大津比叡平線の特集を終わり、次回から京都比叡平線の特集に移ります。同線は山科営業所管轄ですが、大津市内を走行していること、大津管轄だったと思われる大津銀閣寺線(1958~?)も関係することから、大津営業所管轄路線と同様の取り上げ方をします。同線と京都比叡山線以外の他の山科営業所管轄路線、およびその他の営業所について、原則として1つ1つのバス停を細かく取り上げるような書き方をする予定はありませんので、ご了承のほどお願い致します。
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