青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
田ノ谷峠 たのたにとうげ
所在地:大津市山上町
開設年月日:1958(昭和33)年4月19日
付近:比叡山ドライブウェイ田の谷峠ゲート 大津市営放牧場・ふれあいのもり


言わずと知れた比叡山ドライブウェイの入口であり、また比叡平の大津側の入口ともいうべき田ノ谷峠につきました。なぜここを田ノ谷峠というのか、何を調べてもよく分かりませんでした。

IMG_4768.jpg



厳しい上りでした。標高366mもあります。展望台前からでも70mほど登っていることになります。南郷の袴腰山で384mですから、それに匹敵する高さです。

京都寄りに大津市営放牧場があり、1958(昭和33)年に比叡山ドライブウェイが開通する更に10年前、1948(昭和23)年に、「自然の土地を生かし、経済性の高い優良雌牛の育成と増殖を推進し、市内の酪農振興の支えと」するために開設されています(大津市公式HPより)。大津市のどこで酪農なんてするねん!と思いますが、千町の千寿の郷近くでも未だに牛を飼っている家がありますし、探すとまだそういうところがあるのかもしれません。
それにしても昭和33年でもこんなところに道を作るなんてよくできたものだと思うのに、23年の当時なんて、どんな状態だったのでしょう?
比叡平小学校PTA編『わたしたちの山中比叡平』(1988)や『新修 大津市史 第8巻 中部地域』(1985)によると、1934(昭和9)年に現在私たちが普通、「山中越」と呼んでいる「下鴨大津線」が開通して、自動車が通りやすくなってから、大きく変わったと言います。

現在比叡平となっている地域は、山中町など、滋賀地区6町の共有で、戦後の食糧・職業難の中、南滋賀や皇子が丘、山中などのひとびとが農地を切り拓き、住んだり、或いは麓から通ったりしていた地域だったのだそうです(『私たちの山中比叡平』P56-57)。市営放牧場は、その中心的な存在だったのかもしれません。

↓大津比叡平線用のバス停

IMG_4756_20120503211342.jpg

田の谷峠ゲートを向いて撮っているので、向かって左が大津京駅行き用、右が比叡平行き用です。
2011(平成23)年3月19日のダイヤ改正の時までは、三条京阪を出て、比叡平を一巡して、ここから下鴨大津線を渡るようにしてドライブウェイに入る比叡山頂行きがありました。

↓反対から見るとこのような感じです。

IMG_4770.jpg

信号がなく、大津側からだとカーブから急に交差点に入る格好なので、結構危ないです。

↓大津京駅行き用のポール。首を傾げています。

IMG_4757.jpg

↓ボケてしまいましたが、比叡平行き用です。

IMG_4758.jpg

IMG_4759.jpg

↓京都比叡山線用のポールから見るとこんな感じです。

IMG_4767.jpg

ご覧の通り住宅街の外れで、付近に民家がないので、利用者はほとんどいなさそうです。
ただ、京都比叡山線の方は、比叡山から下りてくるバスをつかまえる比叡平の住民らしい方を見たことがあるので、比叡平の中でバスを待つより、歩いてきてここから乗った方が早い、ということが分かっているひとはうまく使っているのかもしれません。


今年9月1日以降は、大津比叡平線のうち66A号経路は、京都比叡山線用のポールを使用しているはずですが、もうかなりの分量になりましたので、今回は割愛し、京都比叡山線ないし大津比叡山線の方で取り上げたいと思います。

次は、比叡平一丁目
関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://contrapunctus.blog103.fc2.com/tb.php/572-3946ec9d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック