青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
京阪宇治バスと京阪シティバスが合併して京都京阪バスになって早1年半、まだこの社名になじめません。
本当に何を考えてつけられたのかさっぱり分からない…と苦言を呈しつつ、古い新聞記事に目を通していたら、今からちょうど60年前の今日の京都新聞山城版に面白い記事が載っていましたのでご紹介致します。

↓1955(昭和30)年9月9日付京都新聞山城版の読者投稿記事。タイトルはずばり「宇治バスに苦言を呈す」

S30.9.9KY 宇治バスに苦言(投稿)b

2014(平成26)年2月21日付拙稿布施屋町【旧大津市内線10】でも似たようなことをご紹介しましたが、なかなか難しいです。
投稿された方は、宇治バスは宇治市内に他に競争相手がないから大きな顔をしているのだ、と言っています。

だいたい、バス関係で寄せられる読者投稿は、あくまでも印象ですが、「対応が悪い(待ってもらえない、愛想が悪い、運転が荒い)」「運賃が間違っている」「本数を増やしてほしい」大別してこの3種類です。

「婦人や子供をいたわろうとしない」

具体的にどういうことなのかはここからは分かりませんが、これは困ったものです。

トルストイの『人は何によって生きるか』じゃありませんが、最近よく、
「バス会社というのは何に依拠している業種なのか?バス運転手という職業は何によって成り立っている職種なのか?」
ということをよく考えます。

それはつまり、逆にいえば、どういうひとがお客様なのだろうか、ということを考えることです。ある性質を持った利用者集合A、別の性質を持つ利用者集合B、それらが重なり合うA∩Bという集合………などという具合に集合論を使って考えられないかとよく思うのですが、簡単にいえば、移動する必要があるが、車が運転できない、車が所有できない、等々の「性質」即ち事情が重なり合う集合―――交通弱者がいるからこそ成り立っている業種、職種なのではないかと思うのです。

それを忘れたような変な対応をしているな、と思う運転手さん、はっきりいっていなくはないです。一方で、ある程度その専門的知見に基づいて安全上やってはいけないことを乗客に注意したり指示したりしないといけない点で、少し他の職業と違うところはあると思います。

因みに、この投稿文中にある、「京阪バスの宇治市内に停留所増設」というのは、直前に掲載されていた以下の記事の内容のことかと思われます。
1955(昭和30)年9月3日付京都新聞山城版↓

S30.9.3KY 宇治市会、京阪バスにバス停増設を陳情b

「大久保土木工営所」…今のどこのことなのでしょうか?
この当時は、宇治バスはまだ京阪傘下ではなく、京阪バスは単なる競争相手でしかなく、何なら裁判で争ったりまでしていたくらいで、宇治バスのエリアに京阪バスがバス停を設けるのは難しかったのでしょう。記事中にある「城南高校前」「神明」は、現在もそれぞれ「宇治支援学校」「神明」として存続しています。

一方その翌年、逆に宇治バスのサービスは悪くない、という投稿記事が載りました。
1956(昭和31)年4月29日付京都新聞山城版↓

S31.4.29KY 読者の声 悪くない宇治バスのサービスb

バスが故障して、早速……とはいかなかったものの、ハイヤーを手配してくれたとのこと。久御山町の外れ、とあるので、今の「林」「久御山団地口」付近のことでしょうか?

1967(昭和42)年までは直営でタクシーを運営していたので、簡単に車を手配できたのでしょう。

「宇治バスはサービスが悪いという話を日ごろ市民や乗客からよく聞きます」…よく聞くくらい悪かったんですね。

でもこういうちょっとしたことで印象は大きく変わるのだということも、この記事でよく分かります。
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