青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
ずっと京都今津線の記事が続いておりましたので、久しぶりに別の、最新の話題。

といっても固唾を呑んで見守ったオリンピック、サッカー準決勝でも、女子マラソンの不振でも、福原愛の銀メダルでもなく、大津営業所の新車の導入とB車がゾロゾロ現れた滋賀大臨時便について。

最近、B車の新車が導入された大津営業所ですが、これに続いて、いすゞ製の一般路線用の新車が導入されました。私が確認できた限り2台で、社番(登録番号)はN-6220(滋賀200か921)、6221(滋賀200か922)です。

もともと腕がないのに、通勤途中で急いでいるは、滋賀大直通臨時便でB車が次々現れるはで、忙しくて?大した写真はありません(汗。 

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市民病院行きへの充当は、高齢者の利用を考えると順当ですね↓

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日野のブルーリボンⅡと見た感じほとんど変わりません。今は目新しいですが、大阪の「趣味仲間」に言わせると「同じような車ばかりでイマイチ面白くない」「飽きた」とのこと、私も今に飽きるのでしょうか(苦笑)。

↓こちらは教員免許状更新講習用の臨時の滋賀大学行き 

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車両はA-1964と、至って平凡ですが、定期便(市民病院行き)と並んで客扱いをしているところで、見るひとが見ると滋賀大学行きが臨時なのだろう、と推測がつきます。石山駅では通常は同発がないように計算されているので、並んで客扱いをすることはまずないのです。遅れていても、1台ずつ入ってきます。

↓最近京田辺からやって来たばかりのB-1230。表示が見えにくいのが残念。

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この他に、B-3969も出ていたのですが、何に充当されるのか確認するほどの余裕はなく、涙を呑んで?出発。B-1939も充当されていましたが、こちらも間に合わず、撮影できませんでした。
「オリンピック観戦疲れ」も忘れて、こんなふうに撮影するのは久しぶりだなあ、と変なことで感慨深く思いました。 

新車の話に戻りますが、高槻営業所でN-6200が、同営業所のウィキペディアの記述によれば京阪バスでは34年ぶりのいすゞ車として導入されて早2年、最近山科でN-6217を見かけて、遂に来たか、と思ってからほんの数日で、大津上陸です。大津営業所単独で見ると、34年どころか、もっと久しぶりの導入だと思います。

よく、「ボンネットバス以来」という記述が見られましたが、そうではありません。他にもいすゞ製の車両はありました。

実はさりげなく、今年3月2日付拙稿国道市民病院発阪本経由大津駅行きでいすゞの車両を取り上げています。同じ写真をもう一度↓

1975.3.2

1975(昭和50)年3月2日T.F.様撮影です。

大津営業所というと、もともとは圧倒的に三菱車のイメージで、6月20日付拙稿80年代の上千町行き、大石小学校前行きのアナウンスで取り上げた、A-3463以外は80年代から90年代前半、恐らく全ての車両が三菱製でした。しかし、その更に前、70年代はそうでもなかったようで、他にもいすゞ製の車両がありました↓

滋2い2591

同じく1975(昭和50)年1月26日 浜大津にてT.F.様撮影。

しかし、やはりボンネットバスが、いすゞ車の代表格と言えることは確かでしょう。
昨年2月27日付拙稿「回送」でも油断はできない?など何度か取り上げさせて頂いたボンネットバスですが、こちらは貴重な大阪での姿です。↓

大阪22あ1500①

撮影年月日が分かりませんが、京阪大和田駅前で、T.F.様撮影です。当時は、田原台近くの旧集落「八の坪」と大和田駅を結ぶ路線があったようです。

30数年前以来の、「いすゞの時代」となるのでしょうか?
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