青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
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近江神宮前 おうみじんぐうまえ
所在地:大津市神宮町
開設年月日:1940(昭和15)年11月7日?
付近:近江神宮 近江神宮附属近江時計眼鏡宝飾専門学校 柳川一丁目自治会館 大津自動車教習所




近江神宮そのものの歴史は意外に新しく、1940(昭和15)年11月7日の鎮座です。
ご神体は大津京への遷都を実行、庚午年籍の作成、班田収授などを行った天智天皇です。時計を作られた天皇、そして百人一首第一首として、恐らく日本人ならほとんど知らないひとのいない、

秋の田のかりほの庵の苫をあらみわが衣手は露にぬれつつ(『後撰集』秋中・302)

を作られた天皇として有名です。後でも書きますが、その縁で「かるた祭―かるた開きの儀―」や「名人位クイーン位決定戦」が行われる神社であることでも広く知られています。

驚いたことに大津比叡平線・京都比叡平線の開通と同じ日です。両路線は鎮座42年目の日に開通したことになり、わざわざ合わせたかのようです。
大津比叡平線が停車するようになってからはもちろん30年の歴史ですが、『京阪バス50年史』の年表に、神社が開かれた直後の昭和15年12月5日の日付で、「坂本線 坂本ケーブル乗場-近江神宮間営業休止許可」の文言があるため、恐らく鎮座の日にはもうバス停はあったのだろうと思われ、一応その日が開設年月日と推測して書かせて頂いております。

↓比叡平方面のポールは鳥居の向かって右です。京阪電車の「近江神宮前」は「前」と言っても少々歩きますが、ここは本当に「前」です。

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南行き。大津市内総合線もここを使っていました。↓

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↓南行きのほぼ向かい、境内に向かって見たときには、比叡平方面とは鳥居を挟んで反対の左側に、バス停跡があります。

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これは大津市内総合線北行きのバス停だったはずです。左折する大津比叡平線と違い、直進するため、安全に発車できるように敢えて分けたのでしょう。

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↓バス停跡の位置から、北を望んでいます。

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↓境内に入ります。何年振りかな…。

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境内には、天智天皇の業績に因んでか、時計や眼鏡などについて専門的に学べる全国で唯一の専門学校だという「近江神宮附属近江時計眼鏡宝飾専門学校」があります↓

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大津市内に住んでいながら、そんなすごい学校があるなんてちっとも知りませんでした。飾り気がない地味な校舎ですが、美しいものを生み出す場所は決してきらびやかでないのかもしれません。

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↓更に奥に進むと時計館・宝物館があり、1月6日までの予定で、「ちはやふる」の複製原画展が開かれています。

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「ちはやふる」は、競技かるたのクイーンを目指す女子高生「綾瀬千早」を主人公とする末次由紀の少女漫画です。大津市が重要な舞台となるドラマやアニメ、漫画はあまりないため、目を付けた市が「ちはやふる 大津キャンペーン」を実施中で、PRのため京阪電車600形の1編成がラッピング車両になっていることは、本ブログの読者の方なら大抵ご存知かと思います↓

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正面のカルタ取りの「手」を強調した絵に躍動感があります。実は私も昔、少し競技カルタをかじったことがあるのですが、本当にうまいひとが集まると、突き指は日常茶飯事、ふすまにはカルタが次々突き刺さります…。音楽をやるひとには、本格的な競技カルタは勧められません。

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文化系のクラブはなかなか漫画になりにくそうですが、京阪電車のラッピング車両や、記念乗車券の大行列でも話題となった「けいおん!」など、うまく描かれるケースも出てきているようです。
いや、百人一首は文化系じゃありません。座ってするスポーツだと思います。

次回も、近江神宮の話題を続けてまいります。
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コメント
この記事へのコメント
お久しぶりです。
実家が浜大津界隈でして、懐かしく拝見しています。
中学生の時、個人の塾に通うため 「大門通」から「二本松」まで毎週バスで通っていました。
今思えばなんともマニアックな区間を乗車していたものです。
近江神宮前は、あのカーブが好きでした。
2012/11/29(木) 23:02:40 | yume | #/eG2YYas[ 編集]
Re: タイトルなし
yume様、こちらこそご無沙汰しております。

> 実家が浜大津界隈でして、懐かしく拝見しています。

私は石山駅から北はよく知らないので、逆に新鮮に感じながら「取材」しております。

> 中学生の時、個人の塾に通うため 「大門通」から「二本松」まで毎週バスで通っていました。
> 今思えばなんともマニアックな区間を乗車していたものです。

今年5月8日付拙稿「相次ぐ新聞読者投稿記事」http://contrapunctus.blog103.fc2.com/blog-entry-382.htmlで、下阪本から近江神宮まで乗車していたという方の新聞投書記事を取り上げましたが、何の用事があったのかよく分からない、このような区間の利用者も普通にいたらしいことは確かに興味深いです。
大門から二本松なら琵琶湖ホテル行きでしょうか。それともこの当初の方と逆コースで、坂本、堅田方面でしょうか。

> 近江神宮前は、あのカーブが好きでした。

よく考えると一の鳥居の所が鳥のくちばしのようにせり出していて、道路がそれを取り囲むように走っているので、比叡平線の場合は4回も直角に曲がらないといけないんですね。なぜそのような形なのか、1940(昭和15)年の近江神宮造営以前の地図で分からないか調べてみたいですね。
2012/11/30(金) 21:24:28 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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