青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
薬大前 やくだいまえ
所在地:(四条大宮・京都駅方面)京都市山科区御陵中筋町 (浜大津方面)京都市山科区御陵中内町
開設年月日:1933(昭和8)年9月3日「薬専前」として設置 同年10月8日営業開始
付近:京都薬科大学 カトリック山科教会・アヴェマリア幼稚園
キロ程:五条別から0.3キロ




1960(昭和35)年の住宅地図では、バス停は○印しかありませんが、斜めに通る京津国道に、南北の細い通りが交わるこの交差点に○が書かれており、もっときっちり書かれている1974(昭和49)年時点では既にほぼ現在と同じ位置にポールがあったことが示されているので、少なくともかれこれ50年以上位置は変わっていないものと思われます。

現在は「京都薬科大学」というバス停名ですが、ここでは嘗ての名称「薬大前」として取り上げます。

↓近くの地図

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新しそうなのに、「薬大前」時代のままの表記であるのみならず、市バスまで…。そういえば確かに市バスは「薬科大学前」だった気がします。

↓バス停名の由来となった京都薬科大学はすぐそばです。
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1884(明治17)年に創立された「独逸学校」が母体で、1892年には「京都薬学校」となります。山科が京都市東山区に編入された翌年である、1932(昭和7)年に現在地に移転、1949(昭和25)年に現在の制度による大学となります。

私は物理も化学も数学も全く分からないし、何なら「そんなものは分かってしまったらいけない」(分かったら自分が自分でなくなると思っている)というのがポリシーなので、こんなところで勉強しているひとは、どんな頭をしているのか不思議です。

↓浜大津方面全景

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左奥の茶色い建物が薬大です。歩道橋の中央、下あたりに浜大津方面のバス停が見えます。
左手前のホンダの店なのですが…

「東京都」はやめてほしいですね。

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ふつう、東京都(とうきょうと)と誤読されるのを避けるため、「東京都(ひがしきょうと)」と書くことはしません。ここだけじゃないかと思います。
京都の東であることを表すなら、「京都東」や、或いは「洛東」というべきところでしょう。

↓京都方面のバス停は歩道橋の下にあります。

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この歩道橋の歴史は古いようで、昭和30年代の住宅地図でも、もう記載があります。

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11月の間だけ運転されることで有名な近江鉄道バスのバス停もありますが、まあ、乗るひとなどいないでしょう。

そばにこんなものが↓

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バス停の跡でしょうか?興味深い半面、尖っていて、そばで子どもや高齢者が転んだりすると危ないから、あまりいつまでも置いておいてほしくないですね。

↓浜大津方面のバス停に、今やってくるのは山科駅行だけです。

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↓歩道橋から見た、三条方面

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これから、山を越えていきます。

次は、御陵です。(京津国道線としての記事なので、大津からの通し運行がなくなってから遥か後に設置された「陵ヶ丘天智天皇陵」は単独では取り上げません)
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