青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
太間町 たいまちょう
所在地:大津市下阪本五丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:(京阪バスとして)1986(昭和61)年前後?
付近:ヤマハマリーナ琵琶湖 厳島神社
キロ程:不明(江若交通としては比叡辻から0.6キロ)




この停留所も、1985(昭和60)年時点では現在の位置と変わっていませんが、それ以前のことはよくわかりません。北から見れば、新唐崎・坂本港に分かれていた支線との合流点、南から見れば分岐点です。

1964(昭和39)年時点では、少なくとも京阪バスにおいては存在しなかった停留所であり、京都今津線が停車していたのかどうかもよく分かりません。1973(昭和48)年時点の路線図では記載がありますが、この資料では大津市内総合線も京都今津線も両方止まっていたのかまでは分かりません。

拙ブログでは京都今津線の停留所と見なします。

↓新唐崎方面から見た交差点。

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↓バス停の北側の、交差点全景

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↓歩道橋の上から北を望む。 右手の道が新唐崎方面の道です。

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↓付近のヤマハマリーナと、走行中の江若交通のワンロマ車。

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↓北向き全景と両方面ポール

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↓逆に南向き全景と両方向のポール

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↓浜大津方面

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↓堅田方面

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1958(昭和33)年12月2日付京都新聞滋賀版↓によると、この付近に、交通安全を祈念する塔も建てられた様子ですが、現在は残っていません。

S33.12.2KS 下阪本に交通安全塔b

塔と書かれていますが、ゲートとでも言った方がしっくりくるかと思われます。しっかり京阪バスが写っています。

しかし、地元住民の願い空しく、この記事が出てから約5年後の1964(昭和39)年1月28日、国道を走行中の江若交通バスに、旧道から一時停止を怠って出てきたバンが衝突、バスが炎上するという大変な事故が発生しました。

1964(昭和39)年1月29日付朝日新聞には、

事故現場の十字路には運転手やドライバー(原文ママ)に”徐行”を警告する鉄製の交通安全塔が建っていたが、衝突の際にコンクリートの根元ごとひん曲げられ衝突のすさまじさを物語り、同時にわずかの油断と交通安全の基本を忘れることがどれほどおそろしいかをまざまざとみせつけていた。



とあり、昭和33年に建てられた交通安全塔かと思ったら、大津署が一昨年の夏に建てた、という記載が記事中に見られるため、ひょっとしたら昭和39年の事故で衝突されたのは、「2代目」なのかもしれません。

↓歩道橋から南を望んでいます。

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この、右手に見えている道が旧道です。

↓地上で、旧道の入口を望んでいます。

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↓逆に、一時停止しなかった車の視点で、旧道の入口側から国道を見ています。

IMG_4493.jpg

どうしてここで一時停止をしないのか、その運転者の感覚がさっぱり理解できませんが、どうも、古い新聞を読むにつけ、交通ルールやマナーの確立・周知が今のようなレベルではなかったらしいことが窺えます。

次は、下阪本【京都今津線・大津市内総合線他】/新唐崎(坂本港)【京津国道線支線】です。
※本シリーズとしては次回は下阪本に進みます。
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