青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
馬場南町 ばんばみなみまち
所在地:大津市馬場三丁目
開設年月日:1963(昭和38)年以降?
廃止年月日:不明
付近:大津板紙株式会社 馬場南町自治会館




2013(平成25)年12月17日付拙稿旧大津市内線生誕60周年で引用した開通当初の新聞記事や1962(昭和37)年現在の都市地図でもこのバス停に関する記述は全くありませんでしたが、あとで入手した1964(昭和39)年1月6日現在の路線図には記載がありました。

その路線図に書かれていたキロ程を参考に検証すると、恐らく、錦-膳所駅間のこの点滅信号の交差点付近ではなかろうかと思われます↓

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カット&パーマ クレヨン、本当にクレヨンで塗ったみたいに強烈な色で、一度見ると忘れられません。
目立つことこの上なく、客寄せにはもちろん、車が飛び込んだりしない安全面での効果もありそうです。
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上の2枚の写真は錦方面を望んでいます。

↓膳所駅方面を望んでいます。

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↓現在の住居表示では、「馬場三丁目」ですが、自治会の名前には「馬場南町」の名が生きているようで、近くに自治会館もあります。

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↓北に向かうこの道は、大津板紙の工場前から、馬場東町を経て湖岸道路に抜ける抜け道です。

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↓逆に南に向かう道は、国道1号線に続いています。

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湖岸道路と国道を直線で結ぶ数少ない抜け道のため、道が狭い割に結構な交通量があります。

↓馬場南町から膳所駅に行く途中には、ガードをくぐる古くからの南北通路があります。陸橋がない時はここを通るのが膳所駅の南北を行き来する一番の近道だったのでしょう。

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その近くの京阪電車の線路沿いの駐輪場は、京阪石山坂本線の前身「大津電車軌道」が1913(大正2)年3月1日に開通してから、1927(昭和2)年に錦織車庫ができるまで「石場車庫」と呼ばれる車庫だったそうです↓

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↓バラストの色が少し違うことに気づかれるでしょうか?

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2009(平成21)年頃まではここに渡り線があったようです。その時に新しいバラストを撒いたのだと思いますが、4、5年も経つのに色が変わっていないことに驚かされます。逆に、他のバラストがいかに年季が入っているか、ということですね。

膳テツさんによると渡り線だけで信号がないので、渡り線があった時代にも営業用には使えなかったのではなかろうか、とのことでしたが、たけひろさんの2009(平成21)年8月17日付の記事京阪石坂線 京阪膳所~錦間の渡り線なくなるの写真を見ると架線はありましたから、非常時に手信号を使ったり、不通が長期化しそうな時は臨時の信号を設けて折り返すようなことはできなくなかったかもしれません。

どちらかというと最近は事故や災害による不通区間を減らすために折り返しの設備を多めに作る傾向がある中でこれを「リストラ」したということから、大津線の苦しい台所事情が窺えます。土地の面積が減るわけではないので、固定資産税まで変わるわけではないだろうと思いますが、少なくとも維持経費は減ることでしょう。
浜大津以南のどこか1か所でも事故が起きたら、浜大津から北でしか運転できないことになります。

ここまで来ると、もう膳所駅はすぐそこです。

次は、膳所駅です。
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