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青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
山科4回目です。

↓京22か1082 A-1286 1974(昭和49)年式MR470

京22か1082①

21号経路 外環状線経由の山六線です。

↓同じ車両です。

京22か1082②

こちらは23号経路小栗栖団地行きです。

前回書いた小栗栖団地の折り返し場所の最近の様子を写した写真がありましたので、この機会にUPさせて頂きます。

↓現在は府営小栗栖西団地の第1駐車場です。

IMG_5314_201709242354304bc.jpg

IMG_5315_20170924235432665.jpg

ここにどんな形でバスが停まっていたのか、想像できません。ネットで検索してもこれといった画像は出てきません。もし、在住の方やご出身の方で写真をお持ちの方、またなくても思い出がおありの方など、メールやコメントを頂けるとうれしいです。

↓現在はここで運転を打ち切る定期路線は1本も存在せず、このような途中停留所です。

IMG_5322.jpg

↓これは余談なのですが、近くで見つけた「頭上注意」

IMG_5323.jpg

一体何に注意しないといけないのでしょうか?ミラーのようでミラーでないし……。

では続きに参りましょう。

↓京22か1497 B-1346 1976(昭和51)年式MR470 この車については4枚も写真がありました。

京22か1497①

京22か1497②’

上の2枚は山科駅前です。恐らく誘導員の援助でバックし、定位置についた、という場面ではないかと思います。やはり少し座席が豪華そうなのが分かります。白く見えるのはシートカバーでしょう。

下の2枚は少し時代が下がって昭和55‐56年頃だと思われます。

京22か1497

早回りコースです。この頃までは行楽シーズンはこういう比較的時間が短いコースにB車を充てて、長時間コースや目玉となるような季節コースに「本物」の観光バスを充てたようです。

↓こちらは競艇場の無料送迎バス運用についているところです。背後には大阪のものと思われる大型幕の車両がついてきています。

京22か1497②

側面広告が「とらばーゆ」!もうこの頃に「とらばーゆ」なんてあったんですね! 調べてみると1980(昭和55)年創刊なのでその年かその翌年の撮影だとするとおかしくありません。この時代に外来語(フランス語のtrabail「仕事」に由来するらしい)を平仮名で書き、のばす記号「ー」を使うというのはとても珍しく斬新だったのではないかと思います。外来語をカタカナで書くのはもう当たり前、それを超える特徴を出そうとしたのでしょうか。

次回から暫く、10月1日の大津・山科管内のダイヤ改正に関わる件や以前から予定していた古い新聞を扱った記事など、少し違う話題を続けます。

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