青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
錦 にしき
所在地:大津市相模町
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
改称年月日:不明 (1963年頃まで錦→1964年1月6日付路線図上 大津紡績前)
付近:大津ロングゴルフ(大津紡績跡) 京阪錦駅 六体地蔵 大津労働基準監督署 大津市立昭和会館 滋賀大学附属幼稚園・小学校・中学校


約1か月ぶりの旧大津市内線です。お付き合いのほど宜しくお願い致します。
「錦」は、正式な行政上の地名ではありませんがおよそ、相模町、昭和町の辺りを指すようです。



1962(昭和37)年の地図によると、今の「大津ロングゴルフ」の前、バス通りと、京阪電車の地蔵道踏切から続いて、バス通りを斜めに渡る道とが交わる辺りに、錦バス停があったようです。

↓下の写真の直進する道がバス通りで、膳所駅方面、左手の道が斜断している道です。

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↓膳所本町方面を眺めています。左手の道が、京阪電車の「地蔵道」踏切につながります。
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↓大津ロングゴルフは、もともと「大津紡績」の工場だったようです。

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旧大津市内線で通勤するひともいたのでしょうか。1964(昭和39)年現在の路線図では「大津紡績前」という停留所名になっています。大津紡績の詳細は、ネットで検索してもこれといったものが出てこなくて、よくわかりませんでした。

↓「地蔵道」踏切

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何が地蔵道なのかというと、この先の地蔵堂に由来するようです。

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↓六体地蔵というようです。

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↓由来に書かれているように、そばの石橋も江戸時代のものだそうです。

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京阪電車の錦駅は、バスとの乗り継ぎはできなくはありませんが、旧大津市内線ではよくあるように、京阪電車の駅からは少し離れています。
膳所駅の方向に少し歩くと、錦駅への分かれ道が見えます↓

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昭和37年版の地図には、京阪錦駅の記載はありません。1944年(昭和19年)8月15日に一時営業を廃止しましたが、1959年(昭和34年)9月1日に営業を再開しています。従って昭和37年版の地図に記載がないのは、編集のし忘れでしょう。
『大津商工会議所百年史』には、昭和31年2月14日付で、「札の辻及び錦の停留所復活につき要望」という記事があり、

札の辻停留所は市内の最も枢要な位置に当りその周辺は大津市唯一の繁華街あり人口稠密(ちゅうみつ)で高度の利用が見込まれ、膳所錦停留所は廃止後この付近に大工場の建設、労働関係官公庁の設置等行われ、又新築住宅も漸次増加してその環境昔日(せきじつ)の俤(おもかげ)を一変し相当の利用が見込まれ(後略)



と書かれています。
結局札の辻は道路交通の問題から復活不可能に、錦は先述の日付で営業を再開した、とあります。
商工会議所の会頭の陳情書にしては「昔日の俤一変し」なんて表現が文学的過ぎる気がしますが、この当時はこんな感じの文章を、何なら筆で書くくらいでもおかしくなかったのでしょう。
「枢要」「稠密」…こんなことばはもう公文書でも仰々しすぎて、まず使われないでしょう。もはや若い人には意味が分からないくらいかもしれません。(それぞれ「中心的で重要な」「密度が高い」ということ)

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次は、馬場南町です。

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