青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
前回に続き、京阪シティバスを取り上げます。

↓短命に終わった4社共用の標柱。

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↓大下津の「京阪シティバス」表記も短命でした。12月からの3,4か月のためにわざわざきちんと用意されていました。

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今年3月31日までの間は京阪淀を別にすると、ここだけが淀長岡京線と淀山崎線の両方が停車するバス停でした。4月1日以降は、洛西浄化センターにも両路線が停車していますが、このように3社の標記が見られたのは3月いっぱいまでの大下津だけだったことになります。

↓シティ唯一のB車だったB-1899。
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もともとは大津の車でした。大津の時代の写真は私も持っていませんが、そういえばこんな車がいたかな、という気はします。
大津ではめったに一般路線を走ることはありませんでしたが、シティでは特に近鉄大久保―中書島間などでは普通に見られました。

↓懐かしいエアロミディA-1051。久御山団地で撮影です。

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久御山団地は立派なロータリーがありますが、ここを起終点とするバスもずいぶん少なくなり、もったいないです。

↓こちらは太陽が丘です。

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太陽が丘近辺は、完全に宇治バスのエリアであるため、本来京阪バスが乗り入れるのは不自然で、1980年前後の太陽が丘系統の設置検討当時も京阪宇治交通は、京阪バスが参入することは想定していなかったそうですが、京都府企業局が京阪バスにも運行を要請していたため、やむを得ず、大久保方面は京阪バスと京阪宇治交通で管轄する、ということになり、それが今年3月末の会社合併直前までの30年以上も名残をとどめていたようです。

↓夕闇の淀で、京阪バスとの並び。

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もう少し大きく撮ればよかったですが、淀の新バスターミナルは、出発する車両を公式面で撮影したいひとにはうってつけの場所でしょう。

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↓こちらはほとんどマイクロバスのようなE-3088.山崎でもっと撮っていなかったかな、と思ったのですが、このくらいしかありませんでした。

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嘗て同じタイプのE-3091が大津に在籍していて、内畑-南郷中学校間や大石のフィーダー路線で使われていましたが、比較的短命に終わり、S車に置き換えられたような気がします。

私の中ではこの大きさになってしまうともう、バスという感じがしなくて、今いちです。

↓と言いつつ、リア

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ネットで検索しても、意外とこの車のリアがどんな感じか撮っているひとは少ないようです。

↓淀のようです。

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そういえば、京阪バスでは大型車と中型車で幕の内容は基本的に違いがありませんし、物理的にも同じ大きさなので、共通使用できますが、この車だけそうは行きません。普通の車両のリア幕を、前後両方ともに取り付けていたのでしょうか。

↓次は、京阪淀、終点です。

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会社合併直前まで現役だったはずなので、実に19歳というご長寿でした。大津のA-1802、山科のB-1853辺りも長寿だったはずですが、ここまでではありませんでした。

今回の合併を機に、もう鬼籍に入ってしまったことでしょう。

京阪シティバスについては、以上です。来月に一度、今度は宇治バスの廃止路線を中心に、ご提供頂いた写真や、私がわずかばかり撮影した写真を取り上げられたら、と思っております。
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