青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
1952(昭和27)年8月28日付京都新聞滋賀版↓

S27.8.28KS 南中通学バス暗礁にb

おいおい、もう新学期目前なのに、「暗礁」って…。この年の8月28日は木曜日、従って31日が日曜日ですから、当時は土曜が半ドンなのが普通だと考えても実質2日半しかありません。

大石町の奥地から通学するとなれば、三里近くの道を通わなければならぬことになるので大津市では通学用バスを出して欲しいと京阪バスに交渉していたが二十五日一カ月四百五十円ならば運転しようとの回答を得た。



9月新校舎竣工で、大津市の段取りが悪すぎますね。60年前のことに腹立てても仕方ないし、もちろん、新聞がどこまでどの程度正しいのかわかりませんが、何を考えていたのかと思わざるを得ません。新路線や増発の申請と認可もろもろを考えたら半年前この話をしているのでも遅いかもしれません。

因みに、1里が約4キロなので、3里は約12キロということになります。現在の大津市大石富川四丁目、甲賀市信楽町との境界付近の集落だと確かにこのくらいの距離があります↓


(詳しい地図を見る、をクリックして下さい。当時は当然バイパスなどありませんから、できる限り旧道を経由させました)

信じられないかもしれませんが、守口市からだと枚方公園、寝屋川市からだと樟葉くらいの距離に匹敵します。
だいたい大石学区(36.91㎢)だけで、守口市(12.73㎢)、門真市(12.28㎢)を合わせてもまだ全然足りないくらいの広がりがありますから、端から端まで移動しようとしたら、それは大変な距離になります。


曽束と開拓村(大石曽束町字太田)がそれぞれ約10キロです。
開拓村に住んでいるひとは現在はいませんが、曽束や、開拓村の下の小田原の中学生は今でも、このくらいの距離、いや、中学校が山手に移った分更に長い距離を通っています。

この月450円というのがどの程度なのか調べてみました。
いろいろなサイトさんを当たって調べましたが……同年の大卒銀行員初任給がおよそ5,600円、国家公務員1種が7,650円、米10キロ620円…。
米10キロに近い定期代…。ただ、現在は大石小学校-南郷中学校は特殊区間2区で通学1カ月定期は9,000円と、米10キロよりはだいぶ高いですが、需給関係や賃金の違い、また米は統制価格だったこともあって、単純に比較はできません。

市教委及び市議会では地元民の理解を求めるため二十六日通学バス交渉の経過報告を行い、地元民の反省を求める。



この「反省」という日本語がどういう意味なのかよく分かりません。通学手段も十分考えず、予め地元に十分説明をしないといけないのを、数日前にああでもないこうでもないと騒いでいることを反省しなアカンのはアンタらやろう!と言いたくもなりますが、本当にこんな状態で、新学期を迎えられるのでしょうか?先が思いやられます。いや、「先を思いやる」ほどもう先がありません……!
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