青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
1972(昭和47)年9月1日、比叡平に、大津側からのチャーターバスが走り始めたことは、拙稿「1972(昭和47)年9月1日 比叡平チャーター便運行開始」でも取り上げましたが、一般路線化されるのは、何とそれから10年以上経った1982(昭和57)年11月7日、28年前の今日です。京都比叡平線、大津比叡平線、同時の開通です。

京都、大津近辺にお住まいでない方もいらっしゃると思いますので、簡単にご紹介しますが、比叡平は滋賀県大津市に属する、昭和40年代に開発の始まった新興住宅地で、比叡山ドライブウェイの入口、標高400mほどのところにあります。京都との標高差は約350m、大津とは300mくらいはあることになり、住宅地としては全国的にも非常に珍しい位置を占めます。当然どちらから上がるとしても急峻な勾配となり、開発当初から交通が問題でした。

比叡平周辺

比叡平

(当初Yahoo!地図を利用しておりましたが、非常に重いようなので、差し替えました)

1982(昭和57)年11月6日、開通前日の京都新聞

当初、別荘地として売り出したため入居者が少なかったことや、今のように新興地の足確保のため開発業者が輸送機関に資金援助する仕組みがなかったため路線バス運行がベタ遅れ。急場しのぎにチャーターバスが考えられ東南商事が四十五年に京都方面へ九往復、二年後には大津市街と結ぶ十二便を運行。


東南商事は、最近まで比叡平でのバス定期券販売を請け負ったりしていたので、ご存知の方も多いと思いますが、比叡平の開発業者です。
チャーターと言っても運賃を払うわけですし、車両は、新聞の比叡平売り出し広告に写っているものを見る限り、普通の路線バスなので、正直なところ、私には今一つ、その違いが分からなかったのですが、開通当日の朝日新聞滋賀版に次のような記事が。

東南商事のバスは、同社発行の回数券か定期券でしか乗車できず、一般のひとは利用できなかった



なるほど、回数券や定期券を使うほどしょっちゅう乗るわけでないひとは困ってしまいますね。よそから親戚や友だちが訪れても乗れないし、クローズな仕組みだったんですね。

高まる住民側の路線バス要望を受けて、

市、京阪バス、東南商事が協議を重ねた結果、京阪バスが新しいバス購入などに充てる費用約一憶二千万円の半額を東南商事と市で負担することで合意。
京都新聞 11月6日付



当時の京都、大津両比叡平線の概要ですが、
◆大津比叡平線(36号経路) 西大津駅-比叡平団地間7.5キロ 平日22便、休日15便、団地始発は7:15、西大津駅最終は18:30 全線運賃290円
◆京都比叡平線(56号経路) 三条京阪-比叡平団地間12.4キロ 平日33便、休日28便、団地始発は6:55、三条京阪最終は20:50 全線運賃280円


現在は三条京阪-比叡平間も、大津京駅-比叡平間も運賃は同じ350円ですが、この当時は先述の通り、大津比叡平線の方が距離が短いのに高くなっています。これは、運賃制度の違いだということです。
大津市内特殊区間制1区がこの当時130円で、現在と90円の差がありますが、大津比叡平線は当時から60円しか上がっていないことになり、元の運賃に対して考えれば、非常に上げ幅が小さいことになります。
ここは江若交通が走っていなくても江若交通のエリアで、江若交通の運賃率で計算する地域ではないかと思われますが、はっきりしたことは分かりません。

驚いたことに現在も土・休日ダイヤの始発は当時と同じ7:15です。しかし全体的に本数はかなり減っています。特に京都比叡平線は、この当時と比べると約10本も減ってしまっています。その代わり、終発は、大津京駅発も三条京阪発も約1時間後ろに伸びています。

ここ28年で見れば世帯数、人口は増加しているのに、バスの本数が減っているということは、モータリゼーションの進行と、少子・高齢化による人口構成の変化があるものと思われます。

なお、京都新聞11月6日付の記事に、大津比叡平線について、榧尾(かやお)、田ノ谷峠のバス停を新設する旨の記載はありますが、「展望台前」に関する記述はありません。あのバス停だけ後からできたのでしょうか?榧尾こそ、琵琶湖霊園以外何もないし、この当時あの霊園が既にあったのかどうか…。

比叡平は、フェンシングの太田雄貴選手をはじめ、何と他の地域の500倍の確率でオリンピック選手を輩出していることや、嘉田由紀子滋賀県知事が住むことでも有名ですので、いずれ、比叡平の街そのもののことも書けたら、と思います。

B-3979 比叡平

今年2月撮影 後に「バスラマジャパン」の表紙を飾ることになるB-3979。三条京阪にて
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