青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
1953(昭和28)年12月26日付読売新聞滋賀版、1953(昭和28)年12月17日の滋賀日日新聞と1953(昭和28)年12月29日付朝日新聞滋賀版においては、「有楽座前」の代わりに「平野神社前」というバス停名が載っています。もしそうだとすると、1本南の旧東海道を走っていて、1962(昭和37)年までのどこかのタイミングでルートをこちらに変更したのか、或いは平野神社からは少々距離がありますが、「有楽座前」の位置を「平野神社前」と呼んでいたのか、いずれかだと思われます。



ずいぶん長い間、大津市立平野小学校の「平野」とは何だろうか?と不思議に思っていましたが、「平野」は、この平野神社に由来しており、町名ではありません(上田上(かみたなかみ)の平野はもちろん全く別物)。平野神社は「蹴鞠(けまり)」の神様とされています。

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なぜ膳所小学校に呼応して、馬場小学校としなかったのか不思議です。

この平野神社の石段で明治の中頃、一人の少女が転びます。
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それ自体は珍しいことではなかったかもしれませんが、一生脚に障害を負うほどになったケースは、馬場の裕福な質屋の娘・久野久(くのひさ 1886-1925)をおいて他にはいなかったことでしょう。

この石段が当時そのままかどうかは分かりませんが、恐らくここで転んだのだろうと思われます。ついていた使用人が、自分の責任となるのを恐れて家人への報告を渋って、処置が遅れた、と言われています。

久は、「初めての日本国産のピアニスト」と言われています。
一般に日本初のピアニストは、文豪・幸田露伴の妹 幸田延(こうだのぶ 1870-1946)とされますが、外国に留学してピアノを身につけた延と違って、その延から指導を受けた、つまり日本人が指導した初めての日本人ピアニスト、という意味でしばしば「初めての日本国産」のピアニストと言われるのです。

確かにこの石段の上から下まで転ぶと、大人でもかなりの傷を負いそうです。

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歴史にもしもはないことを承知の上で書きますが、もし転んでいなかったら、或いは処置が早かったら、恐らく彼女はわざわざ自活のために、東京帝大に通っていた兄の勧めでピアノを習うようなことはなく、普通に主婦をしていたか、あるいは後見人となった叔父が習わせたという三味線などの邦楽で身を立てていたかもしれません。

しかし、障害を負ったことで図らずもピアノを習うことになり、のちに「日本国産ピアニスト1号」という誰も追随することができない名誉を得たとも考えられますが、その代償は大きく、ウィーンで、基本からやり直しだといわれたことに絶望して、自殺してしまいます。
平野神社の石段を見つめながら、日本の音楽教育に残した大きな足跡を思う一方で、彼女個人にとっては、どうなっているのが幸せだったのか、考えさせられました。

↓境内は駐車場になっています。

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物思いに耽る心が、ふと現実に引き戻され、台無しな気がします。

ただ、車つながりでふと思い出したのですが、もう既に脚を傷めている彼女に、神様は更に交通事故という試練を与えます。大正時代に交通事故…。ちょっとどんな事故か想像ができません。

いつもは静かな平野神社ですが、5月には盛大な祭りが催されます。

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バス停があったとしたら神社入口の旧東海道沿いでしょうか?それともやはり有楽座の前だったのか、もはや何の資料もなく確かめられません。

↓浜大津方面は二又ですが、右手が旧東海道のようです。

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↓石場、膳所方面。

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とてもバスが通っていたようには見えませんが、通ろうと思って通れなくはなさそうです。ただ、現在は西行き一方通行です。

「平野神社前」というバス停が本当に存在したのか、どこにあったのかを確かめることもできませんので、「有楽座前」の項として取り上げさせて頂きましたが、何かご存知の方がいらっしゃったらお知らせ下さい。

次は、石場です。
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コメント
この記事へのコメント
このあたりは、殆ど歩いた事がありません。地図をじっくり拝見して、位置関係を確認していますが、随分細い道路をバスが走っていたのだと。。 思いました。

平野神社も石段の上にあるので、目に入らないままなのかもしれません。
2014/06/09(月) 21:30:52 | yume | #/eG2YYas[ 編集]
Re: タイトルなし
> このあたりは、殆ど歩いた事がありません。地図をじっくり拝見して、位置関係を確認していますが、随分細い道路をバスが走っていたのだと。。 思いました。

いや、通っていたかどうかは分かりません。「平野神社前」と書かれている新聞記事があったというだけなので。

> 平野神社も石段の上にあるので、目に入らないままなのかもしれません。

私も全く知らない地域なので、取材が大変だった反面、新鮮な気持ちでした。
2014/06/09(月) 22:31:59 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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