青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
約1か月ぶりの「びわ湖島めぐり」のシリーズ記事です。
竹生島は、沖島に負けないくらいの比較的大きな建物もあって、いかにもひとが住んでいそうで、実際、物理的には住めなくはないだろうと思うのですが、無人島です。お土産物屋さんがたくさん軒を連ねていますが、そうした店の従業員や、島にある宝厳寺(ほうごんじ)と都久夫須麻(つくぶすま)神社の関係者は皆船で通っているということです。



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もともとびわ町の一部でしたが、同町が2006(平成18)年に長浜市と合併したため、現在は長浜市の一部です。

伊吹山の神・多多美比古命(たたみひこのみこと)が、姪で浅井岳(現在の金糞岳)の神である浅井姫命と背の高さを競ったらところ、負けてしまったために腹を立て、浅井姫命の首を切って、それが飛んでできたのが竹生島、という伝承があります。

竹生島はカワウの糞害が深刻だったことがよく知られており、2007(平成19)年には安倍首相が嘉田知事とともに現地を視察しています。今は逆にカワウはほとんどいなくなったそうです。

↓あの階段を上らないといけないのか、と思うと、食べていた時の元気はどこへやら…。
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いや、最近太ったといわれてショックを受けているので頑張らないと。

フローティングスクールでも来たはずなのですが、ほとんど何も思い出せません。唯一はっきり覚えていたのは、このポストです↓

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担任の先生に「おうちのひとに手紙を出しましょう」とか言われて、出した記憶があるのです。
丸いポストも少なくなりました。

竹生島は大きく分けて、都久夫須麻神社(竹生島神社)、宝厳寺(西国三十三所三十番)に分かれていますが、きっちり分かれたのは明治の神仏分離令以降のことで、もともと両者は密接に結びついていて、古くから信仰の島を形成する役割を担ってきました。

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階段を上り詰めると、こんな素晴らしい景色が↓

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画面上方に見えるのが、乗ってきたインターラーケン、手前の船溜まりに停泊しているのは、恐らく先ほど書いた、売店や寺社の関係者用の船だろうと思います。

↓宝厳寺の本堂

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本尊は弁財天で、お寺なのに弁財天?と違和感を覚えますが、明治の神仏分離令当時、弁財天は仏教の仏だと主張し、うるさい明治政府にも頑として譲らなかったそうです。
私はすぐに面倒臭がって、まあそれならそれでいいか、とか簡単に妥協したがるので、明治政府などという盾をついたら何をされるか分からないようなところに対抗する勇気に感心してしまいます。

↓美しい三重塔

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ほとんど覚えていない、と先ほど書いておきながら何なのですが、それにしてもこんな建物あったかな、と思ったら、やはり近世に焼失したものを2000(平成12)年に再建したもののようです。

↓渡り廊下は現在工事中ですが、ここを通り抜けると都久夫須麻神社です。

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↓古い神輿が飾られています。

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船は竹生島を後にすると、雄琴温泉を出てから初めて、島でない陸地・長浜港に着きます↓

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ここで下船するひともいます。ここから乗船することもできますが、今回そういうひとがいたかどうかはわかりません。
港の木も美しく紅葉しているのが分かります。

ここで船は給油、私たちは待合室で休憩します。

出航してすぐ、よし笛合奏団のメンバーが乗っていないことが分かって、ちょっとした騒ぎに!

私のいた位置からは見えませんでしたが、ガイドさんから報告を受けた船長らしき男性の「またか!」という声が聞こえてきました。「また」って(笑)。前にも同じようなことがあったんだな…。
船は慌ただしく引き返します。待合所ぐらいしかいるところがないだろうに、どこにそんな長居をするような面白いところがあるのか私も知りたいです。

急ぐ旅ではないですし、この日の琵琶湖は穏やかで揺れもなく、寒くも暑くもない晴天、これ以上はないというくらいの素晴らしい条件だったので、少々のハプニングは乗客にとっては寧ろ刺激的で面白いこともあるのですが、他人事ではありません。「ああはなりたないな」と落ち着いた行動を改めて意識しました。

↓出航すると、左手に大仏が見えてきます。

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長浜で大仏なんて聞いたことがありませんでしたが、良畴寺(りょうちゅうじ)の「長浜びわこ大仏」と言って、現在は1994(平成6)年建立の2代目、先代は1937(昭和12)年に建立されたということですから、かなりの歴史があります。
山側を向いているので、残念ながら湖側からはお顔が見えません。

↓長浜城です。

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長浜は行ったことがありません。
こんなことを書いたら長浜のひとに怒られるかもしれませんが、新快速が直通する1991(平成3)年までは、自分がほんの子どもに過ぎないということもあって、何だかいつも寒そうで曇っていそうで、寂しいうらぶれた田舎町なんだろう、くらいにしか思っていませんでした。

新快速が乗り入れるようになったころから、情報が入ってくるようになって、どうも面白いところらしいと私にも分かるようになってきました。同じように近畿一円に情報が広がったのか、どんどん観光客も増えて、今や観光客の数も人気も、県内トップクラスになりました。

今年はNHK大河ドラマ「黒田官兵衛」の舞台の1つとしてまたたくさんのひとが集まるのでしょうか。

船はこの後、多景島に向かいます。

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