今からちょうど60年前、1956(昭和31)年3月17日付滋賀日日新聞↓

2012(平成24)年8月16日付拙稿昭和27年 大津市立南郷中学校通学問題Ⅰなどのシリーズでも取り上げた、久々の南中の通学問題ネタです。
騒動から4年、保護者も諦めて南郷中学校に子どもを通わせていたようですが、ここにきて、バス通学定期代の高さが問題となったようです。

2012(平成24)年8月16日付拙稿昭和27年 大津市立南郷中学校通学問題Ⅰなどのシリーズでも取り上げた、久々の南中の通学問題ネタです。
騒動から4年、保護者も諦めて南郷中学校に子どもを通わせていたようですが、ここにきて、バス通学定期代の高さが問題となったようです。

本当は義務教育なのだから、市が通学できるように定期代を出すか、分校を作って対応すべきことだと思うのですが、京阪バスが一方的に悪者になっています。しかし、京阪バスの頑固さもなかなかのものです。また、税金ですから、安易に分校を作るとか、補助とかできるものではないという事情もあるのでしょう。
この時までの間にも問題はあったはずなのに、なぜこの期に及んで急にこの問題が取り上げられたのかというと、恐らく文中にもある国鉄バス 近城線(記事では「金城線」と書かれているが誤り)の支線がこの前年に開通して、その定期券代との差が浮き彫りになったからでしょう。
↓こちらは、1955(昭和30)年8月24日付滋賀日日新聞の、開通見通しに関する記事

この時点で10月予定とされていました。
余談ですが、同じ記事の中の打出中学校は、恐らく今の大津公会堂にあったということですね。新築と言っても、今の名神高速道路の大津IC近くのあの場所ではありません。1983(昭和58)年8月まで、今の大津土木事務所の辺りに校舎があったのでそこのことを言っているのでしょう。
思えば打出中学校も通いにくい、生徒のことを考えていない場所です。あまり意識したことがありませんでしたが、かなり山手の北大路は別にして、粟津中学校と打出中学校の間は、大津市内で最も人口が稠密(ちゅうみつ)な地域に、公立中学校が1校もないというのは驚くべきことです。直線距離なら意外にも3キロ弱しかありませんが、実際に移動したらそんなものでは済まないでしょう。
↓一方こちらは同日の朝日新聞滋賀版

ここでも分かりますが、信楽から石山の国鉄(JR)バスは近城線の支線だったのですね。
なお、近城とは、「近江」と「山城」の1文字ずつを取ったものです。
↓一方こちらは、開通直前、1955(昭和30)年12月17日付朝日新聞滋賀版。

鹿跳橋から北は、京阪バスに「路線権」があるので「とりあえず」鹿跳橋まで運行するとあります。
10月だったはずの予定は、なぜか12月にずれ込んでいます。
↓こちらはその翌日付の読売新聞滋賀版です。

どのバスがどのバスに連絡しているのか分からない、不親切な書き方です。
右側の江若鉄道バスの貸切も面白いですね!1日の午前12時は午後12時の間違いでなく、本当に真夜中の出発でしょうか?2日、3日は、朝9時という無理のない出発時刻で、帰着時刻も16:30だから、それほど疲れない気がしますが、香里園の成田山なんてそんな遠いところまで含んで、こんなにたくさん回れるでしょうか?道路事情がよい今の方が、渋滞や駐車場の混雑で、却ってこんなにたくさん回れない気がします。参拝の時間や駐車場からの移動時間もばかにならないので、どういう計画なのか実に不思議です。現役のバス運転手さんならどう見るでしょうか?
↓そしてこちらが開通後、1956(昭和31)年1月9日付朝日新聞滋賀版

祝賀会は延長先である大石小学校で催されています。
7往復と書かれていますが、4往復じゃないのでしょうか?区間運転か何かでしょうか?
この2か月後に、冒頭の記事が滋賀日日新聞に掲載されるわけです。
卒業を間近に控えた当時の6年生とその保護者は、祝賀会どころではなかったことでしょう。
それなら自転車で通えば、というひともいるかもしれませんが、道路事情を考えると現在でも鹿跳橋以北、少なくとも新浜辺りまでは非常に危険です。私も大石の同級生で自転車通学は1人、2人しか心当たりがありません。この当時、通行量は少ないかもしれませんが、恐らくもっと危険で、また、自転車自体も今より貴重品だったことでしょう。
この問題をどう解決したのか、結論は現時点で発見している限りの資料では分かりませんが、今も大石学区からの中学校通学はほとんど全て京阪バスに頼っているものとみられ、大津市の定期券補助制度の対象となる受給者は南郷中学校の生徒が圧倒的です。
皆が待ち望んだ国鉄バスは、結局80年代から90年代、廃止の直前は、運賃率が京阪バスよりはるかに高く、重なっている区間から外れると、途端に大幅に運賃が高くなり、ダイヤも今一つで、中学生の通学にはあまり用いられなかったのではないかと思われます。
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