青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
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猿丸神社 さるまるじんじゃ
所在地:京都府綴喜郡宇治田原町禅定寺粽谷(ちまきだに)
開設年月日:1962(昭和37)年10月1日
付近:猿丸神社
キロ程:開拓村から0.5キロ(石山駅から15.4キロ)


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ここから京都府宇治田原町に入ります。暫く見ない間にずいぶん道がよくなりました。

この道路沿いにも目立ちませんが鳥居があります。バス停と駐車場がある側が圧倒的に目立ちますが、もともとこちらが表参道のようです。

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詳しいことは分かりませんが、宇治田原町では長野県や愛知県などでよく見られるように、小字ごとに地番が振られているのか、それとも別の理由があるのか、小字が住所に重要な役割を果たしているようで、必ず、省略されずに表記されている(大字を〇〇、小字を△△としたとき、「宇治田原町大字〇〇小字△△」の形か、「宇治田原町〇〇△△」の形で書く)ので、拙稿でもできる限りそれに則ります。



猿丸神社は、伝説的な万葉歌人・猿丸太夫(さるまるのたいふ / さるまるだゆう)を祀っています。

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猿丸太夫は実在しなかったとか、一般に彼の作として知られる百人一首の第5首、

奥山にもみぢふみわけ鳴く鹿のこゑ聞くときぞ秋は悲しき

をはじめ、彼の作と完全に確定できる和歌はひとつもない、とよく言われます。

↓神社前の石碑

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京都市立芸大学長や、国際日本文化研究センター初代所長などを務め、大津市にゆかりが深い日本画家・三橋節子に関する著書もある哲学者・梅原猛は、柿本人麻呂と彼が同一人物なのではないか、という仮説を立てているそうです(『水底の歌-柿本人麻呂論』)。

↓社殿

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石山寺辺りの国道でもたまに鹿の目撃情報を聞きますし、桜峠辺りだと普通に道端にいるのを私自身見たことがあるので、ここなら鹿がいても全くおかしくなさそうですが、残念ながらこの時は、鹿が紅葉を踏み分けて鳴くのは聞こえませんでした。鹿ってどんなふうに鳴くのでしょう?奈良に行っても、あんなにたくさん鹿がいるのに鳴き声なんて聞いたことがありません。

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雨上がりの11月でした。

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石山線があったころから、ポールはロータリーの1か所だけで、バスは一方通行です。
従って、石山駅・大石小学校方面からであっても、必ず禅定寺側から入って、バス停のポール側に停車して乗降扱いして、開拓村側から出発していました。

毎月13日の縁日以外は静まり返っていますが…↓

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↓13日は市が立って山の中が俄かに活気づきます。

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↓この時だけは臨時のバスが維中前から出ています。

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↓標高220mほどあって、京都市内よりだいぶ高い位置であるせいか、平野部ではとうに散った桜も、4月13日時点でまだ結構見られます。

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↓バス停のベンチ

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「い!!」
この辺りの方言なのかな?それとも看板の前の方が割れてなくなってしまったのかな?とずいぶん考えてから、「イカン」の「カン」に「缶」を掛けているのだと気づきました。

猿丸太夫もびっくりの「掛詞」です。

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次は、禅定寺です。
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