青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
三保ヶ崎 みほがさき
所在地:(堅田・近江今津方面)大津市浜大津四丁目
    (浜大津方面、大津市内総合線市役所前・滋賀里方面)大津市浜大津三丁目
開設年月日:不明
付近:京阪三井寺駅 大津観音寺郵便局
キロ程:競艇場前から0.5キロ、浜大津から0.4キロ
※京阪バスでは1964(昭和39)年時点でも、現在でも浜大津から0.5キロとして扱われている


三保が崎は、唐崎 【京都今津線64-1】の項でもふれたように「枕草子」の中で「崎は唐崎、三保が崎」と言われるような景勝地でした。その割に『角川日本地名大辞典 25滋賀県』の記述は貧しくて、「昭和32年~40年の大津市の町名。中保町地先の琵琶湖岸を埋め立てて成立した町」と書かれているだけです(P672)。
町名だと思っていたら、もう疾(とう)の昔に正式な行政地名ではなくなっているのですね。

尚、その三保ヶ崎は、浜大津と競艇場の中間、「観音寺」交差点から湖側です。



あまり意識しませんが、地図を見れば実はちゃんと岬状の地形になっているのがお分かり頂けるかと思います。

新三保ヶ崎橋からの眺めなので、狭義の、岬としての「三保ヶ崎」は左手に見えている半島ということになります↓

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左手に写っている古い建物は、大正元年築、何と京大が旧制三高だった時代からある艇庫です。

↓逆にこちらの写真は、競輪場側の尾花川橋からの眺めです。
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浜大津の噴水や、三上山が美しいです。

観音寺交差点正面から見るとこの奥です↓

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昔は突端に旅館もあったようですが、現在は立ち入り禁止になっているようです。

なお、この交差点の反対側の、観音寺西交差点、南行き及び大津市内総合線用の「三保ヶ崎」のポールに通じる道には、「路線バス除く」の標識があります↓

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もちろん、今は定期一般路線などありません。これについては、後に偶然、これが関係するのではないか?と思われる情報が得られましたので、別途ご紹介します。

↓この岬の東側に、「周航記念碑」があるというので行ったのですが…

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いやだなあ…「ひっつき虫」…正式には「ヌスビトハギ」、実が、足音を立てないように足先だけで急いで歩く盗人の足跡に似ているから、この名があるそうです。

ここを通らないと撮影出来ないので、意を決して飛び込みました。

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昭文社の地図で、赤い文字で示されていて、一応「名所」という扱いなのだと思いますが、あまり整備されているという様子がありません。

後で『われは湖の子』(「われは湖の子」記念碑建碑委員会編 1973)を読んで分かったのですが、1973(昭和48)年6月3日に旧三高同窓生や大阪市長、京都地方裁判所長まで招かれる盛大な除幕式が開かれたそうです。当時小学校2年生だった『琵琶湖周航の歌』作詞者の弟の孫にあたる小口夕香さんが近親者代表ということで除幕、建碑委員長は何と当時の京阪電気鉄道株式会社社長で、今も恐らく伝説の人物であろう村岡四郎氏です。「除幕式当日お祝いを頂いた方々」として、大津市長や、京阪バス株式会社、江若交通株式会社などの京阪系各社の名前も挙がっています(同書P40)。

当時の写真では、芝生でちょっとした庭園のようにすっきりとしていたのに、今やもう見る影もありません。
ただ、ネットで検索すると、もう少しきれいな状態の写真もあるので、今もどなたかが定期的に清掃をされていて、たまたま私が行った時は清掃の直前のタイミングだったのかもしれません。
この土地は京都市が管理している土地なので、石碑は、京都市に寄贈した、という形になっているようです。

私の目の前の現実は「過酷」で、案の定……ズボン、靴下、カバン、ところ構わず引っ付いたひっつき虫を取るのに、何と10分ほどもかかりました。

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これだけでぐったりしました。
でも、遠く今津の「琵琶湖周航記念館」を思い出し、感慨深いです。思えば長い道のりでした。

さて、肝心のバス停に移ります。



↓堅田、近江今津方面

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ここは、2011(平成23)年3月18日まで京都比叡平線が重なって運行していた関係で、ここは比較的最近まで「江若・京阪バスのりば」という表記が用いられている数少ないバス停でした。かつて、京都今津線が運行していた時は、近江今津までの各停留所がこの表記だったのでしょうし、その後も琵琶湖大橋口以南では大津市内総合線や大津比叡山線などが重なっていて、京阪バスの定期路線が存在したため、昭和50-60年代にもこの表記は特別に珍しいものではなかったのだろうと思います。

しかし、2013(平成25)年の滋賀県の、バスまつりの日で売りに出されていました。

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また1つ、歴史の生き証人が現場を去っていきました。どこかで大切にされていることを願います。

ここは上下線が全く違う位置にあり、いろいろ書くことも多いので、次回も取り上げます。
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