青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
木の岡団地前 このおかだんちまえ
所在地:大津市木の岡町
開設年月日:不明
廃止年月日:(京阪バスとして)不明  
付近:比叡辻臨水公園
キロ程:苗鹿から0.8キロ




「木の岡町」は、もともと下阪本比叡辻町の一部だったのが分離したようです。ディベロッパーが勝手につけた地名かと思ったら、天智天皇の皇后倭姫王(やまとひめのおほきみ)が眠る木岡陵を中心とする木ノ岡古墳群に因んでいるということです(『角川地名大辞典 25滋賀県』759)。

調べてみるものですね。確かに言われてみれば「木」を「こ」と読むことは、なくはないですが少しひねっていて、ディベロッパーがつけたにしては、わざわざという感じもします。

↓団地内のところどころに、不規則に木立が残っています。

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普通の町にはないような、道路が丸く取り囲んでいる団地のてっぺんの上の方の区画もやはり古墳のようでした↓

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↓別の場所の古墳と考えられる場所の説明

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丘の上だけで5か所もあるんですね。それだけ古い、由緒のある土地なのでしょう。

↓木の岡団地をバックにした北行きのバス停。

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今も、(シャレではありませんが)この丘↓を上るバスはなく、上の方に住んでいると不便だろうなと思います。開発された昭和40年代の住宅地図には、まだパラパラとしか家がありません。

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↓北行きのバス停を北向きに撮影しています。

DSC_0369.jpg

↓逆に南向き。

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北行きのバス停は1981(昭和56)年の住宅地図には書かれていませんが、片方しかなかったとは考えにくいので、何かの間違いでしょう。1983(昭和58)年時点では南北両方とも現在地にポールがあることになっています。

木の岡町と言えば、何をさておいてもやはり「幽霊ホテル」或いは「幽霊ビル」と呼ばれた黒々とした不気味な建物「木の岡レイクサイドビル」が有名でした。1968(昭和43)年に建てられ、1992(平成4)年5月22日に爆破解体されるまで24年ほども、国定公園である風光明美な琵琶湖岸に不気味な姿を晒していたことになります。
私も子どものころに前を通って、気持ちが悪いな、と思ったのを覚えています。

これについては、次回改めて取り上げます。
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