青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
日吉大社前 ひよしたいしゃまえ
所在地:(東行き)大津市坂本五丁目
    (西行き)大津市坂本四丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:(京阪バスとして)2006(平成18)年7月1日
付近:日吉大社(山王総本宮日吉大社) 延暦寺学園比叡山中学校 旧竹林院
キロ程:京阪坂本駅前から0.5キロ


日吉大社は滋賀県内でも屈指の規模を誇る神社です。
延暦寺の守護神とされていて、密接に関わりながら発展してきました。大きく、西本宮と東本宮に分かれ、中心は西本宮、天智天皇の発意で奈良の大三輪の神を勧請(かんじょう)した、というのが始まりだということです(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P599)。
神仏習合の典型的なケースで、その伝統を継承した天台座主による日吉大社での奉幣と読経(4月14日日吉山王祭)などが行われます(『滋賀県の地名 日本歴史地名体系25』P200)。



大宮橋、走井橋、二宮橋の三橋は豊臣秀吉が寄進したと伝えられる日本最古の石橋で、「坂本三橋」と呼ばれています。この「坂本三橋」は、戦前の京阪バスやその前身・湖南汽船などでは停留所名としてしばしば登場するのですが、具体的な位置はよく分かりません。もしかすると後の「日吉大社前」に相当するのかと思うのですが、詳細は今後も調べます。

なお、京阪坂本駅同様、大津市内総合線と分けて取り上げるのは編集上困難ですので、今回の記事は大津市内総合線としての「日吉大社前」を兼ねる予定です。

地図を拡大して頂くとよく分かりますが、付近は里坊などがびっしりと建て込んでいます。

重要な観光地の前ではあるものの、バス運行上は何の変哲もない停留所です。しかし、実はここは京阪バス 京都今津線、江若交通 浜大津線の支線の折り返し場所でした↓

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国立公文書館所蔵の『江若鉄道廃止申請書』記載の代行輸送計画では1日7回計12台の江若交通のバスがここで折り返すことになっている他、京阪バスでも日吉大社行きというのが存在したらしいことが新聞記事などから確かめられます。

なぜ7回なのに計12台なのかというと、便数としては7便なのですが、蓬莱駅7:39発の便は堅田駅からは何と同時に4台が続行運転、他に2台続行の便が夕方にもあるためです。すごいですね!考えられません。

↓こちらは8月19日付拙稿堅田駅 バス時刻表の変遷 【京都今津線 番外】でもUPした、膳テツさんがダイヤグラムを起こして下さった時刻表です。

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日吉大社-雄琴駅間の区間運転は80年代まで長く残り続けたようです。

話を元に戻して、なぜ日吉大社が折り返し地点なのか、ということですが、1つは京阪電車への連絡です。それだけなら京阪坂本での折り返しでいいようなものですが、京阪坂本駅前には、折り返しに十分なスペースがありません。日吉大社も決して十分ではありませんが、京阪坂本駅前よりはだいぶ余裕があります。また比叡山中学・高校に更に近づくことができ、そちらへの足を確保できるというメリットがあります。

↓上の図の折り返し方を現地で確認して描き込みました。

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我ながら汚いなあ…。

一旦右車線にはみ出すようにしてからまたぐっと左に寄せてバックで鳥居に近づいてターンするという方法です。
当時と道幅はほとんど変わっていないと思われますから、この方法でターンしようと思えば今でも物理的には可能だと思います。しかし、今の通行量を見ると、普通車でもUターンするのはかなり迷惑そうで、ましてバスではとても落ち着いて折り返しができるようには思えません。
特に行楽シーズンにこんなターンの仕方をしたら、交通がマヒしそうです。朝は5台も連続してこれをするわけですからとんでもないです。
しかし、この当時は坂本ケーブルより南、滋賀里まで道路はなく(!)、ここはほぼ盲腸線の終端に近いような場所なので、一般車両がほとんど来なかったのではないかと思われます。それで、こういう折り返し方が簡単にできたのでしょう。今同じことを申請しても通らないと思います。

↓図で、「降り場」とされているのは青いポールの印を描いたあたりかと思われます。

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その手前にある白い看板のようなものは、「日本天台三総本山連絡バス」の「日吉大社前」バス停です。
何なら、ひょっとするとその臨時のバス停の位置がほぼ降り場なのかもしれません。

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大津市内総合線としての「日吉大社前」バス停の跡は、もう少し京阪坂本寄りだったようです。

↓比叡山坂本駅方面については、匿名希望様がバス停があった当時の写真をお持ちで、ご提供下さいました。

日吉大社

↓できるだけ同じアングルになるように撮影した、現在の様子。

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↓コンクリートになっているところの手前にポールがあったようです。

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↓反対側から見ています。

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奥の方に江若交通の「日吉大社前」バス停が写っています。

この写真でも分かることですが、京阪バスと江若交通が共同使用するバス停の大多数と、この「日吉大社前」が決定的に異なるのは、位置がはっきり異なっているということです。少なくとも1985(昭和60)年頃から2006(平成18)年までの廃止時までの約20年間は住宅地図から、別々であることがはっきりしています。単にポールが別なのではなく、位置自体が微妙に異なっています。
分けておかなければ停車時に不都合が生じるほど本数が多いわけでもないのにこれは不思議です。

↓一方こちらは浜大津方面

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江若交通の比叡山坂本駅方面とほぼ向かい合っています。

↓この石燈籠の辺りでしょうか。

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廃止前に何度も通っているはずなのに何も思い出せません。

↓比叡山坂本駅方面を望む。

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今年の紅葉はダメですね。もう遅いのか早過ぎるのかよく分からない中途半端な色付きで枯れたり散ったりしているところが多いです。
いい時期に入る直前が長雨で、特に関西では14・15日がかなり荒れたのもタイミングが悪かったです。

↓最後に東向きの全景

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江若交通の西教寺・ケーブル坂本駅方面の乗場から東を見ています。赤いバス停のマークが、京阪バスの西行きのバス停があったと思われる位置、その奥、青い矢印で示したのが江若交通の西行きのバス停。書き込みにくかったので、もう書きませんでしたが、そのほぼ向かいに、京阪バスの東行きのバス停があったものと思われます。こうしてみると、本当にバラバラですね。

次回は主に日吉大社そのものについて簡単にですが書きたいと思います。

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