青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
雄琴温泉 おごとおんせん
開設年月日:不明
廃止年月日:(京阪バスとして)1974(昭和49)年7月20日?
付近:雄琴市民センター(大津市役所雄琴支所・大津市立雄琴公民館)  大津警察署雄琴交番 JAレーク大津雄琴出張所 琵琶湖グランドホテル (現在ないもの)江若鉄道雄琴温泉駅
改称年月日:雄琴温泉駅前→雄琴温泉 1969(昭和44)年11月1日?
キロ程:北雄琴から0.6キロ


雄琴とは、思えば雅な地名ですが、この地を開いた小槻氏今雄宿禰(いまおすくね)に由来するとか、雄琴、雌琴の伝承による、とも言われていますが、肝心のその伝承が何なのかはよく分かりませんでした。南北朝時代には既にみられる地名だということです。
「伝教大師の開湯」などという伝説もありますが、実際には雄琴温泉そのものの歴史はそれほど古くはありません。吉田金彦によると「近江名所図会」などでも雄琴については簡単に「雄琴里、衣川と云ふ有りて船着なり」としか書かれていないそうです(『京都滋賀の古代地名を歩くⅡ』P177)。
それ以前から知られる隣の大字の苗鹿(のうか)の法光寺の霊泉がラジウム泉であることが大正8年頃に判明し、大正13年に「湯元館」という温泉旅館が開業したことが雄琴温泉の始まります。ただ、本格的な温泉街となるのは、1951(昭和26)年大津市と合併してから後のことだということです(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P194)。

吉田金彦は、恐らく「コト」はアイヌ語の「コタン」(村)で、水辺を表す「ウォ」と結びついて「雄琴」となったのではなかろうか、蝦夷の集落を接収した功績が認められて、先述の今雄宿禰が支配し、やがて神として祀られるようになったのでは、と説明しています(P180)。

雄琴温泉駅では京阪バスにも江若バスにも折り返し便があったため、「江若鉄道廃止申請書類」にはこのように、ターンの方法が書かれています↓

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これが一体どこなのか、ということなのですが、住宅地図で意外に簡単に見つけられました。
1971(昭和46)年版の住宅地図で、雄琴温泉の北、北雄琴バス停に近いところに、「江若バス駐車場」と書かれた土地があるのです。1968(昭和43)年版には記載がありませんが、何らかの土地があったことは間違いなく、国土地理院の公式サイトからアクセスできる、MKK676という1967(昭和42)年8月2日に撮影された航空写真を、高解像度で見ると、ここが白くなっているのではっきりとわかります。回りが全て田圃なので、よく目立ちます。

↓Yahoo!地図で見ると、この位置です。



今は逆に、ここが周辺では少なくなった田圃です↓

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敷地の北東の端にある小屋に、奥比叡ドライブウェイの広告がありますが、道路を所有・管理している奥比叡参詣自動車道株式会社は江若鉄道と同じく京阪系の会社なので、やはり何か関係がある(あった)ことの名残なのではなかろうかとも考えられます。尤も、それよりはるかに目立つ「アクティバ琵琶」は京阪グループとは何の関係もありません。

↓消火栓ばかり目立って、いい写真ではありませんが、雄琴温泉駅バス停との中間辺りで、回転場を振り返っています。「アクティバ琵琶」の看板があるところがそうです。

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肝心のバス停ですが、1983(昭和58)年時点からは場所が変わっていないようです。ただ、1971(昭和46)年時点ではまだ駅舎が残っていたようで、「おごとおんせん駅跡」と書かれており、その前にバス停があったことになっています。

↓北行きのバス停

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↓浜大津方面を向いて撮影

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↓こちらは浜大津方面

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尚、江若鉄道の雄琴温泉駅は現在、雄琴市民センターになっています↓

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これは結構有名な事実ですが、現地に特にそれを示すような遺構などはありません。

支所は駅跡の北側にあったことになっていて、1968(昭和43)年には南側にあったことになっていますが、1968(昭和43)年の住宅地図は、現地での確認の結果、信憑性に疑問があるため、本当はもともと北にあり、それが駅舎の位置に移転したのではないかと思います。

国土地理院の公式サイトで見ることができる、江若鉄道があった当時の航空写真や、地形図を見ると、苗鹿から北、堅田に差し掛かる辺りまではほとんど国道161号線に並行しています。
道路幅が7mとあること、現在のように歩道が整備されていない、ということを考えると、恐らく北行きのバス停のポールがある北行きの歩道や、現在の北向きの車線はほぼ江若鉄道の線路跡だろうと思われます。

↓国道161号線の東側にあった交番は、現在は西側に移っています。

IMG_3766.jpg

次は、雄琴温泉ホテル前です。
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