青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
出鴨 でがも
所在地:高島市鴨
開設年月日:1962(昭和37)年5月19日?
廃止年月日:1974(昭和49)年7月20日?
付近:
キロ程:西万木から2.0キロ (近江今津から11.6キロ 浜大津から41.2キロ)




市町村の境界は、川や、山の稜線だったりすることが多いですが、ここは何の変哲もないところで、高島市高島と高島市安曇川の境、つまり旧高島町と安曇川町の境界があります↓

IMG_4417.jpg

反対から見ると、ちゃんと安曇川と書かれています↓

IMG_4416.jpg

江若の回送が走って行きました。近江高島駅発着路線で使用された車両なのでしょう。一見コミュニティバスのように見えませんが、近江高島駅発着の一般定期路線は現在全てコミュニティバスという位置づけで、京阪バスの紙式回数券の共通乗車は適用されず、運賃も、一部を除き220円均一です。曽て、こうしてたくさんのバスが行き交っていたのでしょう。

IMG_4420.jpg

↓鴨川、なんて聞くと京都の鴨川を思い出しますが、ここもれっきとした鴨川です。

IMG_4422.jpg

↓この辺りは、大字が「鴨」で、「○鴨」又は「鴨○」という地名、バス停名が多く見られます。因みにこの「かも」は古代に、京都の下賀茂神社の神戸(かんべ=租税や課役で神社に奉仕したり、神社の役職を担ったりする住民)の領地だったことに由来するのではなかろうか、と言われているそうです(『角川地名大辞典25滋賀県』P244)。

IMG_4419.jpg

IMG_4427.jpg

↓本命の「出鴨」バス停です。そもそもは「宿鴨」(しゅくがも)が本郷で、「出鴨」「北鴨」「南鴨」は枝郷とされていますが、宿鴨は街道筋からだいぶ西の奥に入ったところであり、結局もともと枝郷だった「出鴨」がメインとなり、少なくとも湖西線開通までは、江若バス浜大津線、京阪バス京都今津線が停車していたのは、この「出鴨」だけのようです。上の写真の東鴨、鴨足立も街道沿いですが、江若鉄道廃止申請書類にも、昭和48年の路線図にもその名前はなく、かなりバス停間の距離があったことが分かります。

IMG_4435.jpg

↓付近の「鴨」交差点。鴨地区の中心です。

IMG_4433.jpg

↓こちらは南行きのバス停を、南を望んで撮っています。今気が付きましたが、お店の名前も「加茂屋」ですね。

IMG_4436.jpg

次は水尾(水尾駅前)
関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://contrapunctus.blog103.fc2.com/tb.php/441-80342109
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック