青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
宇治山 うじやま
所在地:京都府綴喜郡宇治田原町郷之口宇治山
開設年月日:1964(昭和39)年3月31日?
廃止年月日:2005(平成17)年8月1日
付近:宇治田原町浄水場 郷之口中継ポンプ場
キロ程:下町から0.4キロ(石山駅から旧道経由で21.2キロ)




宇治から走って来た時は、これから宇治田原町の街中にさしかかろうとするところ、逆に宇治に向かう時は、集落が尽きるところにあったのが、「宇治山」バス停。目立たない存在で、私も今回調べていく中で初めて知りました。

IMG_3475.jpg

今も、バスポケットの跡ですぐに分かります。
「宇治山」というのが何とも漠然とした停留所名です。「宇治山」ときくと、百人一首が好きなひとならすぐ、

わが庵は 都のたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人はいふなり (喜撰法師)

を思い出すことでしょう。
口語訳)私の庵は都の東南で、このように心静かに住んでいるのに、世間のひとは私を世を憂く思って逃れている宇治山(憂し山)だと言っているようだ。

「しか」は「鹿」と掛けているという説もありますが、「然り」の「しか」で、「このように」と解釈すればよいでしょう。「なり」は断定の助動詞と受け取りがちですが、この「なり」は伝聞推定です。「憂し」と「宇治」を掛けていますが、宇治は、都落ちした人々や、都での生活に疲れたひとが隠棲したりする「憂し」場所、というイメージがもともとあり、源氏物語によってそのイメージがより一層強くなったとも言われています。

しかし、特にここが喜撰法師の隠棲していた宇治山、ということではないようです。どちらかというと、喜撰山など喜撰法師に因む地名が残っている、宇治川の北側の方が有力でしょう。

↓宇治方面

IMG_3473.jpg

↓宇治田原方面

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こんな利用者が少なかっただろうと思われるようなバス停でも、ちゃんとバスポケットがあり、今もその跡がはっきりとしていることに驚かされます。

次は、くつわ池(くつわ池登り口)
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