青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
琵琶湖大橋 びわこおおはし
所在地:大津市今堅田三丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:びわ湖大橋米プラザ(旧びわ湖大橋レストハウス)
キロ程:不明




琵琶湖を北湖と南湖に分ける、くびれた位置にかかっているのが、琵琶湖大橋です。
ちょうど50年前の今日、1964(昭和39)年9月28日に供用が開始されました。

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「滋賀県交通最大の障害琵琶湖を横断する夢の架橋は、県民のみならずわが国の念願であった」(『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』P608 1979)
と仰々しいことが書かれています。
かつては舟運で栄えた琵琶湖が、滋賀県最大の交通の障害だなんて、時代の流れといえばそれまでですが、こんな言い方をしてしまってよいものかと思われます。

「琵琶湖」などという広くて漠然としたものも、ちゃんと『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』で項目として挙がっていますが、その名前はもちろん、楽器の琵琶に因んでいます(P607)。でも、昔のひとは地図なんて持っていないし、どうやってその形を知ったのか不思議ですね。
琵琶湖と富士山が一夜にして同時にできた、などという伝説もあります。

今、「広くて漠然」と書きましたが、英語では寧ろ、川とか橋とか長いものを「一目で捉えきれない」漠然としたものとして考える傾向があり、「イメージを他のものから区切るために」、固有名詞が付く場合には、"The River Thames""The Golden Gate Bridge"などと"the"をつける傾向があります。一方、湖の場合は、通例"Lake Biwa"、"Lake Michigan"などと、"the"をつけないのが普通なのだそうです。有名な英語学者の正保富三は「湖は対岸を見渡すことができるから」と説明していますが、琵琶湖は広くて、このくびれている堅田以外、特に琵琶湖大橋より北では対岸なんて見えないから、この説明はどうかと思いますが。ただ、涸れたり増水したり安定しにくい川と違って、どこからどこまでが湖なのか、という境界線ははっきりしていますし、某英語関係のサイトの、
「恐らく、lake (湖)や mountain(山)に対しては人間は愛着や敬意を払ってきたが、sea (海)や river (川)に対してはそうではなかった」
などという呆れた説明よりはよほど説得力があります。

余談が挟まりましたが、滋賀県の地図を見ると、半分とか、少なくとも3分の1くらいを占めているように見える琵琶湖も面積は681㎢と、実は県全体の面積の6分の1に過ぎず、京北町合併(2005年)以後の京都市(827.9㎢)よりも狭いです。湖岸線が235.2㎞なので、草津線回り(本来の東海道)大津-浜松間237.7キロに匹敵します。

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琵琶湖大橋を経由する路線バスもいくつか開設され、一時衰退しましたが、その系譜を受け継ぎながら拡充されたのは、現在近江鉄道バスと江若交通で堅田駅-守山駅間を共同運行している「琵琶湖大橋線」です↓

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琵琶湖大橋が開通した当初は、江若交通が、栗東の「国道辻」まで走っていましたが、なぜこんな中途半端なところが終点だったのかさっぱり分かりません。



当時はひっきりなしに走っていたであろう、国道8号線を経由するバスに連絡させる意図で、鉄道よりそちらが重視されたのでしょうか?

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今は何と近江鉄道バスが1日1本通過するだけです。いや、今検索したらこれもこの数年で廃止されたようです。

橋の西詰には、「道の駅 びわ湖大橋米プラザ」があります。
この米プラザは1996(平成8)年10月に開館したのですが、それより前は、京阪系の「びわ湖大橋レストハウス」でした。(現在も中に入っているレストランは、京阪電鉄系の『琵琶湖汽船株式会社』の運営です)

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その辺りのスーパーマーケットにはなかなか流通しない高級米「龍の瞳」や、貴重な仰木の棚田米をはじめとする地元の農産物や、湖魚の佃煮、近江牛、走井餅などなど、数え切れない滋賀県の特産品、お土産物が販売されていて、いつも賑わっています。
琵琶湖や滋賀県の観光などについての展示や最新情報を見ることができる2階には、展望テラスがあり眺望が素晴らしいです。

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普段は使われていない、琵琶湖大橋港の桟橋が見えます。

以前は米プラザに琵琶湖大橋線のバス停があったような気がするのですが、現在はなく、転回して近くを通過するだけです。

↓しかし、京阪バスもここに乗り入れていたことを知っているひとはあまりいないことでしょう。

滋22か737③

T.F.様がご提供下さった44号経路の写真、浜大津での撮影で、T.F.様ご自身も、44号経路がどこからどこまでの系統かお問い合わせした際にはご存じありませんでしたが、後でいろいろ調べて、京津国道線の系統の1つで、「四条大宮~浜大津~琵琶湖大橋」間を走っていたことが分かりました。

記事UP日時点で、44号経路の写真というのは恐らくこの1枚だけで、非常に貴重なものです。
「琵琶湖大橋」の行き先を表示している写真があったら、素晴らしいですね!

↓古い地図を見ても、ロータリー・駐車場の形はほとんど変わっていない様子なので、このどこかにバス停があって、遠く四条大宮に向けて踵(きびす)を返していたのでしょう。

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すぐそばには、約1年前までびわ湖タワーの観覧車がありました。

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びわ湖タワーのCMも懐かしいですね。今YouTubeに2種類UPされていますが、あれはピンときません。知らないCMです。女性の細い声で、「飲んで食って」なんて言われても…。びわ湖タワーと言えばやっぱり、男性の声で、「びわ湖タワーへ行こう!」から始まって、何だか分からない英語らしい歌声のBGM、「飲んで食って」なんちゃらかんちゃら、ていうあのCMじゃないのでしょうか?時代や地域によるのかな…?

次は、琵琶湖大橋口です。
(琵琶湖大橋口は京都今津線のバス停として扱い、同項で取り上げる予定です。京津国道線本体は未定です)

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