青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
引き続き、大津管内の古写真です。

↓T.F.様の写真の中では数少ないカラー写真。1975(昭和50)年3月2日撮影  社番1152 滋2い886 昭和40年式BXD30 

滋2か886 50-3-2浜大津

後ろで工事中なのは、現在のNTT西日本滋賀支店、当時の電電公社滋賀支店です。「幸福相互銀行」も見えます。名前は聞いたことがある気がするのですが、今どうなっているのか調べたら、2001(平成13)年に関西さわやか銀行に事業が譲渡され、その後関西銀行を経て現在は関西アーバン銀行につながるようです。ただ、浜大津に跡を継ぐ店舗はありません。

家具の「イマホリ」は確か唐橋前の国分方面のバス停の辺りにあった気がするのですが、今はその流れを汲んでいるのか全く別のものか分かりませんが、やはり家具屋さんがあります。

↓同じ車両の反対の側の面。

PICT0008_20170901215826774.jpg

さりげなく水産センターの広告が掲げられています。

↓同じ車のモノクロ写真です。

滋2い886

↓同じ日に撮影された滋2い888 

滋か888 50-3-2浜大津

乗場の案内が左後方に見えます。喫茶店もあったんですね。

↓上の2台なのかは分かりませんが、最後は何と白ナンバーの乗り継ぎ車になりました。

A-5002.jpg

↓そして廃車され、京都(現山科)営業所の隅に止められていたそうです。

A-5001.jpg

それでも車番は一般用途のA-5001 5002を名乗っていました。


↓社番2365 滋2い884 昭和40年式MR620 現在の中型車につながるかわいらしい感じの車両です。

滋2か884

主に朝日ヶ丘などの狭隘路線に使われていたようです。ただ、不具合が多く、あまり長くは走らなかったようです。このバスやボンネットバスがいなくなってからあと、1984年前後に「三菱エアロミディ」のシリーズが登場するまで、いわゆる中型車は存在せず、仕方ないので国分団地も大型車や短尺車で凌いでいたようです。

↓同じ車の反対側の面です。行き先も、反対向き(長等公園)です。

滋2い884

当たり前ですが、小さくても一人前に非常ドアは設けられています。
1950(昭和25)年に発生した横須賀の京急バスのトレーラーバス火災が、非常ドア設置や危険物持ち込み禁止といった今の保安基準につながったと言われていますから、この写真の時点ではもう非常ドアは既に常識だったのでしょう。


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コメント
この記事へのコメント
ボンネットバスですね!
京阪バスにもボンネットバスがあったのですね。しかも昭和50年というと、ボンネットバスにしては「最近」まであったのだなあという気がします(といっても40年以上前なのですが)。
広告の「イマホリ」ですが、写真で細かい文字が見えないので断言はできませんが、長等のあたりに同じようなトレードマーク(◯に「今」の字)の宝飾店(宝石のほか時計とかメガネとかもあったかも)があったような覚えがあります。4〜5歳の頃に母と一緒に行った&実家に「イマホリ」とある指輪ケースがありましたので。
調べてみると、「メガネのイマホリ」というのが石山にあるようです。
参考まで。
2017/09/11(月) 20:58:39 | れお | #pamUQ3n2[ 編集]
Re: ボンネットバスですね!
れお様、最近取り込んでいてすっかりお返事が遅くなりすみません。
ええ、確かに私も生まれてはいないものの、ボンネットバスとしては最近だと思います。江若交通は昭和56年頃まで走っていました。
そういえば眼鏡のイマホリもありましたね。親戚かどうかとかは分かりませんが。

2017/09/16(土) 20:19:37 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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