青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
苗鹿 のうか
所在地:(堅田・近江今津方面)大津市苗鹿一丁目 (浜大津方面)大津市苗鹿三丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:(京阪バスとして)1974(昭和49)年7月21日?
付近:那波加神社 那波加荒縄神社 湖西浄化センター 苗鹿会館
キロ程:雄琴温泉ホテル前から0.8キロ


大津市内でも指折りの難読地名です。「のうか」と読みます。



いつも使っている『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』によると、鹿が稲の苗を背負って手伝いをしたとか、那波加(なわか)神社↓によると言われています。

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那波加神社による、と言われても、それなら那波加とは何かという疑問が出ますが。

「苗鹿荘」として雄琴と別扱いされることもある一方で、「雄琴荘」の一部とされることもあるようで、雄琴を開いた同じ小槻氏が管掌していたという名残もあるのか、明治期から雄琴村の一部とされ、1951(昭和26)年の大津市との合併時には「雄琴苗鹿町」という町名でした(P546-547)。今は「大津市苗鹿」で、雄琴学区の一部です。

↓北行きのバス停
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少なくとも1990(平成2)年の時点ではこの位置になっています。ただ、バリアフリーの関係なのか、舗装がし直されて、少し高く持ち上げられた形跡があり、バス停付近だけ、その南北とは舗装の色が明らかに異なっています。

↓北行きのバス停のすぐそばには、大きな常夜灯があります。幕末に沿道の住民の寄進を集めて作ったようです。

DSC_0342.jpg

↓南向きに撮影

DSC_0352.jpg

右手に見える旧道は、江若鉄道の線路跡と思われます。

DSC_0358.jpg

↓こちらは南行きのバス停を南向きに撮影しています。

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これは比較的最近に移転したようです。
もともとは交差点の北側にあったようです。逆に北行きのバス停が、交差点の南側、つまりこの南行きのバス停のほぼ向かいにありました。つまり、住宅地図の記載が正しいなら、1988~1989年以前は北行き、南行きのバス停の位置が今とは互い違いになっていたということです。
もちろん、それより更に以前となると、信頼できる情報がないため、京都今津線がどう停まっていたのかまではよく分かりません。

↓なお、1988(昭和63)年以前の住宅地図で、南行きのバス停は、北行きのバス停よりほんの少し北のこの辺りに書かれています。

DSC_0348.jpg

(矢印は現在の北行きバス停)

次は、木の岡団地前です。
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