青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
末広町 すえひろちょう
所在地:大津市本堅田三丁目(但し一方通行のためポールのある側にはバスは停車せず。道を挟んで反対の本堅田二丁目側で待つ必要)
開設年月日:1962(昭和37)年8月19日?
廃止年月日:不明
付近:大津市立堅田中学校 居初氏庭園(天然図画亭庭園)
キロ程:本堅田より0.6キロ(1964(昭和39)年現在の京阪バス路線図による)




今回から少し寄り道をして堅田町内線に入ります。

「堅田」の項で説明しましたように、道路の未開通という特殊事情で経路が複雑に変遷し、この堅田町内を京阪バス京都今津線と、江若交通浜大津線のそれぞれ本線が通り抜けていました。しかし道路の整備により、恰(あたか)も川の流路が変化した後にできる河跡湖のように取り残されてしまったのが、この堅田町内線です。廃止されてしまっておかしくなかったのに残存しているのは、堅田駅からの距離が歩くには中途半端に遠く、人口密度も高くて一定の利用があると判断されたからなのでしょう。

歴史的な経緯から、今も江若交通社内での正式呼称は「堅田町内線」ではなく「浜大津線」となっているところが何とも憎くて、本当に萌えるというのか痺れるというのか、とにかくたまらないです!
京阪バスの京都今津線も、時期は特定できませんが、ここを通っていたことは間違いありません。1964(昭和39)年現在の路線図にも、はっきりとその記載があります。

末広町という地名は、『角川日本地名大辞典 25 滋賀県』のどこを見ても何も出てきませんでしたが、自治会の名前としては存続しているようです。

途中に、京都今津線があった当時にはなかった「本堅田三丁目」のバス停があります↓

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他に、「浮御堂前」「東洋紡績前」が後で設置されています。

付近は古くからの住宅街です↓

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↓内湖の向こうにも家がびっしり。

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少し残念な気もしますが、一方でまだこんな独特な雰囲気も残っています↓

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↓また、取材時には健在だった大観覧車が内湖の向こうに写っている写真も残っていました。

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洪水対策上はいろいろ問題があると思いますが、この雰囲気は東洋のベネチアと言っても過言ではありません。

美しい街並みを見ながら歩いていると、ちょうど堅田町内線がやってきて右折↓

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京都今津線もこうしてやってきたのでしょうか。今は大型バスは通行できないことになっているはずです。
T.F.様が、ここで1980(昭和55)年2月11日に撮影された写真が残っていました↓

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↓できるだけ同じようなアングルで撮影した2014(平成26)年11月現在の写真

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うまく撮れたつもりだったのに、行き先が切れているし、周囲があまり入っていませんでしたね。ただ左手のお宅は当時とほぼそのままのようでした。

右折してすぐのところに末広町のバス停があります。↓

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IMG_1760.jpg

ここ、末広町は琵琶湖の水運の繁栄と堅田の政治・経済に大きな役割を果たした、居初家の庭園「天然図画亭(てんねんずえてい)庭園」の最寄バス停でもあります。
この庭園については、次回別途取り上げます。
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