青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
和迩中浜 わになかはま
所在地:大津市和邇中浜
開設年月日:不明
廃止年月日:1974(昭和49)年7月20日?
付近:志賀町漁業協同組合 和邇漁港
キロ程:和邇北浜から1.4キロ




旧国道161号線が、白鬚神社より南では最も琵琶湖に近づいたところが、「和迩中浜」バス停です。後ろは、漁協の建物と漁港で、「和迩漁港」などのバス停名でもいいくらいのロケーションです。ここは、南行きの方はしっかりとバス待合所の跡が残っていました↓

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近づくと木立に囲まれています。

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中はまだきれいで、おばあちゃんがバスを待っていそうな雰囲気に見えます↓

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↓この辺りではところどころに、この、「姫路バンブー植物園」「姫路学院女子短期大学」の広告が見られます。4大はともかく、短大でわざわざそんな遠くに行くひとはあまりないと思うのですが…。

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↓もっときれいに残っている広告もありました。調べてみると、姫路学院女子短期大学の附属施設の1つだったようで、他にもいろいろな設備が整っていたようですが、経営が悪化し、1999年に閉校、現在は近畿医療福祉大学に引き継がれているようです。全国のところどころにこの広告があるようですが、「昭和65年」つまり、平成2年より前の時点から残っているはずなので、もう20年以上ということになります。

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↓はっきりとしている南行きのバス停と比べ、北行きは分かりにくいです。

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↓バスがあった当時の住宅地図を数種類比べましたが、この辺りだと考えられます。

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↓近くの湖岸の松の木立をぼうっと見ていたら、下に石碑

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↓昭和37年に舗装が完成した、という碑でした。割と早い方でしょうね。新幹線も開通していない時代か…この辺りはどんな風景が広がっていたんでしょう?

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↓バス停跡の南にある交差点。「町道用」は、和邇駅方面から続く道で、京都今津線があった当時から町道であり、バスはこちらを走っていました。

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↓南の方を眺めると、右手に平和堂和邇店が見えますが、その辺りに湖西線の和邇駅があります。

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↓もうちょっとで和邇駅……。久しぶりにある程度の都市機能のありそうな風景を見た気がします。実際、『角川日本地名大辞典 25滋賀県』では「和邇」について、「(引用者注 志賀)町唯一の商業地域でもあり」と書かれています。取材時は確か6月上旬で、もう湿度がすごくて、外を歩く「取材」には限界を感じた時期でした。

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次は、和迩(和迩駅前)です
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