青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
今在家町 いまざいけちょう(まち)
所在地:大津市(旧志賀町)南小松
開設年月日:1962(昭和37)年5月19日?
廃止年月日:1974(昭和49)年7月20日?
付近:
キロ程:近江舞子(南小松)から0.7キロ(近江今津から24.3キロ 浜大津から28.5キロ)




今、「志賀町 今在家町」などとキーワードに入れても、私が見る限り、この付近のことに触れたサイトは全く見つかりませんでした。そもそも「いまざいけちょう」と読んでいたのか、「いまざいけまち」なのかも分かりません。地元の方、ご出身の方、或いは江若交通関係の方で何かご存知の方、いらっしゃいましたらお知らせ下さい。昔のOPAの広告じゃありませんが、このブログは、「あなたに作られる」のです(???)。

こんな言い方をしていいか分かりませんが、ここは京阪バス京都今津線、江若交通浜大津線沿線でも屈指の「地味な特徴のないバス停」で、何を書いたものか、と困っておりましたが、困った時の「地名辞典」頼みで、『角川地名大辞典 25 滋賀県』を開きました。P1055-56記載の志賀町の「小字一覧」には「今在家」の地名は載っていませんが、P989の「南小松」の項には、

菅原道真の霊が近江比良にうつったと伝承される小字今在家には御霊籔、上のゴゼ、下のゴゼの名称を残す丘がある



と書かれています。
菅原道真……すごいひとが出てきました。
北行きのバス停は、旧集落に入っていく道と分かれる二又の辺りにあったようなので、上下のポールは30m以上離れていたのだろうと思われます。

IMG_4799.jpg

近寄って撮影↓

IMG_4800.jpg

上のゴゼ、下のゴゼ?御霊籔に至っては読み方も分かりません。漢字変換は、「ヤブかな?」と思って打ったら出てきましたが…。
地域史を専門にするサイトではありませんし、私もそこまで話をひろげる余裕がないので、これ以上深く追求することは困難ですが、やはりそれなりの歴史を秘めた土地なのでしょう。

「今在家」という地名は全国各地にみられるものです。これは、中世の荘園制度に由来し、今の「集落」などのことばに近いものの、そこの住民までを含めて指す、より広い意味のことばです。

1994(平成6)年版の住宅地図を見る限り、南行きのバス停はこの辺りのはずなのですが…

IMG_4798.jpg

地面を見ても、もちろん、痕跡らしきものはありません。

なるべく無関係な車が写りこまないように撮りたいのですが、このすぐ南で湖西道路の建設が中断していて、ここから北、道が広くなっている白鬚神社の北辺りまでは一気に交通量が増え、車がなかなか途切れません。

IMG_4797.jpg

後で地図を見ると、集落は、それほどの規模でもないのに、お寺が少なくとも4つあるようでした。昔から信仰が篤いのでしょうか。前もどこかで書いた気がしますが、そういう一般に公開されていないお寺にも、それなりに歴史や典拠があって、貴重な文化財や宝物(ほうもつ)があるのでしょうか。

IMG_4801.jpg

遠く沖島の島影や、長命寺山を眺めながら、南下します。

次は、比良リフト口(比良舞子口)です。
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