青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
南比良 みなみひら
所在地:大津市(旧志賀町)南比良
開設年月日:
廃止年月日:1974(昭和49)年7月20日?
付近:
キロ程:比良登山口から1.0キロ(近江今津から26.5キロ 浜大津から26.3キロ)




この辺りは、国道がだいぶ山手を走っています。琵琶湖の方を眺めると、ほとんど田んぼばかりです。琵琶湖まで1キロほど、湖西線までは5-600mほどなのですが、行こうとすると、見えるのになかなか着かないせいか、ものすごく遠く感じます。この「取材」とは別に、比良駅と旧国道161号線の間を行き来したことがあって、残暑の頃だったせいもありますが、うんざりしたのを覚えています。

IMG_4853.jpg

今はバスが全くない空白地帯なので、車を運転しないひとや持っていないひとは、比良駅まで歩くか自転車に乗るかするのでしょう。

いつも古い住宅地図のコピーを持ち歩いているのですが、南比良の点滅信号に着くと、それがなくてもすぐ分かるバスポケットが右前方に↓
IMG_4860.jpg

道を渡って確認。下り、高島、近江今津方面です↓

IMG_4862.jpg

同じく近江今津方面のバスポケットを、南側から北に向かって撮影↓

IMG_4864.jpg

ここは上り下りのバス停位置がかなりずれていて、上の写真の左前方に見えるビルの手前に上り(堅田・浜大津方面)のバスポケットがあります。近づくとこんな感じです↓

IMG_4866.jpg

↓北を望んで撮っていますが、ここからでは近江今津方面のバス停跡がどの辺りなのか、よく分からないほど離れています。どちらかというと集落の中心は北行きのバス停の方であり、浜大津方面のバスに乗る時は不便だったのではないかと思いますが、なぜこのような位置になったのかはよく分かりません。それでもちゃんと待合所があります。

IMG_4869.jpg

↓中をのぞいてみると…

IMG_4867.jpg

「待合所寄贈協力商店」の文字。旧志賀町内の会社や商店が、名を連ねています。今も営業しているのは何軒くらいあるのでしょう。因みに「ローズ診療所」は今もびわ湖ローズタウン内にあります。

「薪炭」「呉服」といったことばや、字体の雰囲気、電話番号の市内局番が1ケタ(つまり同じ市外局番の地域なら5ケタだけ回せば通じる)であることから、この待合所は、遅くとも江若鉄道廃止の時にはあったものではなかろうかと思っております。

「薪炭」と書いてあっても、最近の若いひと(私もだけど)はピンときにくいかもしれませんが、「しんたん」と読んで、要するにストーブや風呂に使う、「薪(たきぎ)」や「炭(すみ)」です。プロパンガスは昭和30年代から急速に普及し始め、江若鉄道が廃止になった1969(昭和44)年時点でも、恐らくもう珍しい存在ではなかったと思われます。

普通の電話番号とは別に、「有線」と書かれた4ケタの番号があります。これが何なのか不勉強で全く分かりませんでしたが、調べてみると、電電公社(現・NTT)の一般加入電話が普及していない農山村、漁村において、農協や漁協、市町村などによって設置された、地域内限定の固定電話兼放送設備だそうです。一般の電話に対して、「有線」または「有線電話」と通称され、地域内での日常、緊急の様々な連絡に用いられたようです。加入者数は、奇しくも江若鉄道が廃止された1969(昭和44)年がピークでした。現在は防災無線や一般の電話などに発展的に解消しているケースが多いようです。
因みに、「有線」というと、お店のBGMなどがイメージされると思いますが、あれとは全く別物のようです。

小さな待合所跡ですが、歴史がたくさん詰まっています。

次は、大物(だいもつ)。
関連記事
スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://contrapunctus.blog103.fc2.com/tb.php/368-81de0377
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック