青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。

"Dark and dull night, fly hence away,
And give the honour to this Day,
That sees December turn'd to May."

暗く淀んだ夜よ、ここから飛びされ!12月が5月に変わるこの日に栄誉を与えよ!

〝What Sweeter Music″
Robert Herrick詞  (1591-1674)



クリスマス、いかがお過ごしでしょうか?
私は「ジングルベル」とか「サンタクロースがやってくる」などのクリスマスソングとは一味違った静かなクリスマスキャロルを聴きながら、一人寂しく……いや、読者の皆さんと共に過ごしております(何を言うとるねんw)

honourという綴りでも分かるように(アメリカ英語では〝honor"が普通)、今日は前から気に入っているイギリスの有名なキャロルを聴きながら、これを書いています↓ ついこないだまで僕もこんなボーイソプラノだった(???)。



さて、10月24日付拙稿京阪電鉄 350型導入 45年が思いがけず大変な反響で、多数のコメントを頂きましたが、これに関係して、いつもお世話になっているT.F.様より、47年前の今日、1964(昭和39)年12月25日他に撮影された京阪電車の写真を多数ご提供頂きましたので、「47年前からのクリスマスプレゼント」として、皆様にご覧頂こうと思います。

京阪電車そのものにはあまり詳しくありませんで、車両や運行そのものの解説はあまり書けませんので、今回も、京阪電車に詳しい方、沿線の住民の方、ご出身の方などからコメントでフォローして頂けると幸甚です。

以下の4枚が、47年前の今日撮影された写真です。昔のクリスマスの大津はどんなだったのでしょう?

↓単行運転があったんですね。上3枚は京津線のようです。「幸福相互銀行」や、「商工中金」は現在の大津商中日生ビルなどの位置に当たります。「観光案内所」には「初参り」の文字が見えますが、これが今の京阪大津ビルの前身ではなかろうかと思います。従って、現在のコジマの辺りから、南東を向いて撮影している格好でしょう。

39-12-25_25.jpg

↓2枚目と4枚目には、京阪バスのボンネットバスの姿も見えます。

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↓これは石山坂本線です。どの電車も、ピューゲルで集電していますね。

39-12-25_31+32.jpg

ここから5枚は、1964(昭和39)年8月2日の撮影です。この直後の10月に、「起点・終点」両方を書いたサボ(行先表示板)を出すのが基本になったそうで、行き先だけが書かれたこのような札は、最後の活躍をしていたようです。案内所に、『京阪特急』の文字が見えます。

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こちらは、今のコジマの、道を挟んで向かい側辺りから撮られたと思われる写真↓ 背景に見えるのは、江若鉄道の浜大津駅です。

39-8-2_13_浜大津止

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↓こちらは京津線の三条行きです。駅から出発する様子です。今の明日都浜大津(コジマ)がある辺りだと思われます。

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↓以下5枚は1967(昭和42)年5月13日撮影です。上3枚は別所-皇子山間だそうです。

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↓今の浜大津BTの南西のへり辺りから撮影されているのだと思われます。現在はこのアングルで、安全に写真を撮るのは難しいかもしれません。背後に見える「富國生命」は、もちろん今の「フコク生命」で、現在も大津市立図書館の隣の電車通り沿いに「フコク生命ビル」がありますので、その位置と変わっていないと思います。太陽生命は島ノ関に移転しています。角のお土産物屋さんの位置は、今は居酒屋になっています。

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↓こちらは逆に、それこそ先述の「フコク生命ビル」の辺りから北、浜大津港方面を望んでいるのだと思われます。この時代、まだちゃんとした歩道がありません。

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↓1965(昭和40)年3月18日撮影 背後に江若交通のバスターミナルが写っているということなのですが、「琵琶湖汽船自動車」と書かれた看板もあります。電車の右に写っているバスが、江若バスでしょうか?左のバスは何なのかよく分かりません。こういうとき、京阪バスの、「変わらないデザイン」が本当にありがたく思われます。

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↓同じ年の12月8日撮影。やはり左に写っているバスが、前の写真とはまた違うデザインのようですが、どこの会社かよく分かりません。

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↓1966(昭和41)年1月23日撮影

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↓1969(昭和44)年4月10日撮影 この頃にはもう江若鉄道の廃止が取りざたされているのでしょうか。

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↓1968(昭和43)年9月25日撮影 背後に写っているのは最近「大津百町大写真展」などでも使われ、レトロな雰囲気で一躍脚光を浴びている旧大津公会堂です。

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↓だいぶ時代が下がって、1981(昭和56)年1月23日の撮影。駅統合直前です。「準」と書かれた札を付けて、石山坂本線のホームに向かっているということは、三条から石山寺に直通する準急でしょう。

56-1-23_270.jpg

T.F.様、いつも貴重なものを見せて頂き、ありがとうございます。
大津市歴史博物館や、大津百町写真展で展示されてもおかしくないような、素晴らしい写真の数々でした。
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コメント
この記事へのコメント
ご無沙汰しています。
ご無沙汰になってしまいました。お久しぶりです。
随分と懐かしい写真。。 どれも既に私が存在している時代、それも浜大津界隈に住んでいましたのでとても懐かしかったり。。あまりに小さくて記憶がなかったり。。

何かと慌しくしています。またゆっくりコメントさせて頂きますね。

先日 南紀パスを使って、紀伊田辺~新宮間をバスで移動しました。 (直通バスはなく途中で乗り継ぎになります) 路線バスでありながらトイレ休憩があったりで、面白かったです。

また時間を見つけて遊びに来ますね。
2011/12/28(水) 22:46:19 | yume | #/eG2YYas[ 編集]
何よりのプレゼントです
お疲れ様です。
一枚目の写真、私が持っている「京阪電車車両の100年」によれば20型と言って、昭和41年(1966)まで活躍したそうです。
当時の大津線は路面区間以外でも低床ホームがあったとか。
行き先板は三条と書かれていますが、同じ場所で昭和37年(1962)に撮られた20型の写真をお某サイトで見ましたが、行き先は「京都」となってました。勿論京都駅へ行くのではなく、昔は本線でも
京津線でも三条行きは「京都」と表示していたようですね。
二枚目の写真の形式はよくわかりませんが写真はみたことがあります。 
三枚目は言わずと知れた260型。私が物心ついた時はパンタグラフ集電になっていましたし、単行運転もなかったですが、両運転台
のまま二連で走っていました。よく空いていても、席に座らず、運転台の横で中を眺めていました。勿論特急色でした。
13枚目のびわこ号、今は寝屋川車庫で保存されているらしいですが、廃車後、長い間錦織車庫で保存
、いや、保管、放置(と言っては失礼?)されていたのは覚えています。
京阪バスも昔も今も同じ色と言うのはいいですね。京阪石山坂本線、特急色こそありませんが、緑色の京阪カラーは本線では見られなくなるので末長く走ってもらいたいです。
昔の京阪電車、京阪バス、大津駅、石山駅などの写真もっと見てみたいです。
2011/12/29(木) 01:22:11 | K2 | #-[ 編集]
Re: 何よりのプレゼントです
K2様、文献まで確認して、私が分からない部分をたくさんフォローして頂いて、ありがとうございます。

> 行き先板は三条と書かれていますが、同じ場所で昭和37年(1962)に撮られた20型の写真をお某サイトで見ましたが、行き先は「京都」となってました。勿論京都駅へ行くのではなく、昔は本線でも
> 京津線でも三条行きは「京都」と表示していたようですね。

地点としての「京都駅」というよりは、京都の方向に行くのだ、ということを表したのでしょうけど、やはり紛らわしいし、京都駅ではなくより中心部に近いところまで行くのだということを強調すべく、実際の行き先である「三条」に切り替えていったのかもしれませんね。

石山坂本線で特急色とか、単行運転というのを、全く知らない世代なので、不思議な感じがします。

> 13枚目のびわこ号、今は寝屋川車庫で保存されているらしいですが、廃車後、長い間錦織車庫で保存
、いや、保管、放置(と言っては失礼?)されていたのは覚えています。

分かりやすく番号をふっておいたらよかったですね。
これがびわこ号なんですか!恥ずかしながら、言われるまで気づきませんでした。

> 京阪バスも昔も今も同じ色と言うのはいいですね。京阪石山坂本線、特急色こそありませんが、緑色の京阪カラーは本線では見られなくなるので末長く走ってもらいたいです。

京阪電車の緑色は、決してあか抜けしているとは思いませんが、あっさりしていて、どんな風景にもよく合いそうですね。
京阪バスのカラーリングは1950(昭和25)年4月から用いられているもので、間もなく62年目という驚異の伝統を持っています。お蔭で、それ以降なら、古い新聞のモノクロ写真でも、一発で京阪バスだと分かるので、ありがたいです。

> 昔の京阪電車、京阪バス、大津駅、石山駅などの写真もっと見てみたいです。

私もそうですけれども、そうなかなかその辺にあるものではないんですよね……。特に後者3つは難しいですが、私も引き続き、T.F.様はじめ皆様の協力を頂きながら、古写真を発掘していきたいと思います。
2011/12/29(木) 22:23:34 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
Re: ご無沙汰しています。
yume様 レスが遅くなり、すみません。

> 随分と懐かしい写真。。 どれも既に私が存在している時代、それも浜大津界隈に住んでいましたのでとても懐かしかったり。。あまりに小さくて記憶がなかったり。。

私は、ずっと石山で暮らしているので、浜大津付近のことはよく分かりませんし、生まれていない時代なのですが、何か不思議な懐かしさがありますね。

> 先日 南紀パスを使って、紀伊田辺~新宮間をバスで移動しました。 (直通バスはなく途中で乗り継ぎになります) 路線バスでありながらトイレ休憩があったりで、面白かったです。

奈良交通の大和八木-新宮間が長距離路線バスとして有名ですが、そんな路線があったんですね。
人口密度にもよるものの、一般に鉄道と並行するバス路線は、特に運営が厳しいと思われますが、まだそういう路線があるんですね。いや、もしかしたら海岸ではなく中辺路回りでしょうか?

嘗ての京都交通は普通の路線タイプのような車両でも、長距離を走るものはちゃんとトイレが設けられていましたね。
江若交通も、湖西線開通までは、京阪三条-小浜間を辺り前に走っていましたが、3時間ほどもかかるのに、トイレなんてどうしていたのかな、と思います。

> また時間を見つけて遊びに来ますね。

ええ、是非また宜しくお願いします。
2011/12/29(木) 22:47:30 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
大津公会堂前の辺りは、昭和50年代前半までは
狭軌の線路が結構残ってました。江若鉄道か国鉄
大津貨物線の跡だったのでしょう。
車窓を眺め、「ねえ、この線路なにい?」と幼少の私が母に尋ねても「なんやろねえ!」としか返事が返ってこなかったです。母は若かりし頃、江若鉄道にのったことがあったはずなのですが。その後江若鉄道の存在を社会科の授業(副読本は「わたしたちの大津」「わたしたちの滋賀」でしたっけ?」)で知った私は、個人的に色々調べ、高校の文化祭で「江若鉄道の歴史」を発表します。(ほとんど見向きもされませんでしたが。(涙))
2012/01/04(水) 23:28:13 | K2 | #-[ 編集]
Re: タイトルなし
K2様、レスが遅くなり、申し訳ありません。本年も宜しくお願い申し上げます。

> 大津公会堂前の辺りは、昭和50年代前半までは狭軌の線路が結構残ってました。江若鉄道か国鉄大津貨物線の跡だったのでしょう。

線路の籍は国鉄だったようですね。
ウィキペディアにも1976(昭和51)年まで線路が残っていたとの記述があり、K2様のご記憶と一致しますが、その時期に生まれていない私も、三線あったのを知っているので、実際はもっと後まで部分的には残っていたのだと思います。また調べてみます。

> その後江若鉄道の存在を社会科の授業(副読本は「わたしたちの大津」「わたしたちの滋賀」でしたっけ?」)で知った私は、個人的に色々調べ、高校の文化祭で「江若鉄道の歴史」を発表します。(ほとんど見向きもされませんでしたが。(涙))

だいたいどこの都市にも、そういう副読本がありますね。「わたしたちの大津」はよく覚えています。あれで大津市民は真の大津市民になっていくんですね(笑)。関わりが薄い北部の様子を知り、学区の名前くらいはだんだん分かるようになるのです。
すごい面白いからゆっくり見たかったのに、学校の備品だから持って帰るなとか言われて(>_<)大津市立図書館、滋賀県立図書館に蔵書があります。

文化祭の発表、残念でしたが、今なら注目されていたかもしれないですね。どんな発表か拝見したかったです。
2012/01/08(日) 10:36:00 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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