青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
本題に入る前に、今一番気になる動画。といっても、歌が聞こえるだけで画像は動かないんですが、ずっとこれと、同じ曲のア・カペラ版とを聴きながら記事を書いていました。



"The oak and the ash"(決まった和訳はないみたいですが、「樫と梣(トネリコ)」という意味です)という私の好きなイギリス民謡で、ロンドンに出てきたスコットランド人の少女の望郷の気持ちをうたっています。

3番"No doubt, did I please…"からのメロディは1、2番の出だしとは異なる録音の方が多いのですが、ここでは同じメロディです。

歌っているのはイギリス人ではなく、オーストラリア人の子どものようです。NSWというのが、ニューサウスウェールズ(シドニーなどを含む州)の略で、この人の他の動画がオーストラリアに関係するものが多いためです。オーストラリアの子どもに、遠い祖先の国、イギリスの歌はどんな印象なのでしょう。bonnyとか、スコットランド独自の単語が出てきますし、オーストラリアは動物が独自の進化を遂げているのと同じように植生も特殊なので、ピンと来ないのではないかという気もするのですが、それにしても1958(昭和33)年の録音がよく残っていたものです。


仰木道 おおぎみち
所在地:(北行)大津市衣川一丁目 (南行)大津市堅田二丁目
開設年月日:不明
廃止年月日:不明
付近:滋賀県立堅田高等学校 大津市立北図書館 北部地域文化センター 大津市立堅田小学校 東洋紡大津医薬工場・総合研究所 水資源機構琵琶湖開発総合管理所 
キロ程:堅田(旧堅田駅前)から0.3キロ 出町から0.6キロ




ここからは、暫くの間取り上げた町内を循環する系統も、堅田駅からストレートに南下する本線筋の系統と合流します。

この辺りは、堅田の中心市街の南端に当たります。バス停名、及び交差点名が示す通り、堅田から仰木に向かう交差点です。仰木のひとにとっては、ちょっと町に買物にと言うとたいてい堅田でしょうから、昔の仰木の住民は、ここまで来ると堅田の入口だな、と感じたのかもしれません。

江若交通のバス停のポールは、浜大津線、堅田町内循環線、仰木線それぞれに設置されていますが、少なくとも1983(昭和58)年頃からは位置に変化はないようです。恐らく京阪バスは主たる事業者である江若交通のポールに居候していたのでしょう。

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↓北行きのバス停です。ちょうどブルリシティが堅田駅に向かって走っていくところでした。
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↓こちらは南行き。

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↓引いて撮影すると、ご覧の通り、堅田高校のグランド真ん前。因みに、地図を見ても分かる通り、堅高のグランドは、校舎がある校地とは、堅田町内線のバス通りを挟んで分離しています。大津市内屈指のマンモス校、堅田小学校は堅高の隣です。

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↓こちらは、仰木線用のバス停です。ここに、大津比叡山線も止まっていたはずです。雄琴駅(現・おごと温泉駅)周りになったのは、どうも湖西線開通後のようで、昭和48年の路線図では、仰木道を通っています。大津比叡山線については、別途取り上げます。

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↓仰木線用の仰木道バス停のそばでひときわ目立つエノキの大木

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お堂もあって、地元で親しまれてきたのでしょう。

次は、衣川【京都今津線他】/十王堂前【大津比叡山線旧線】
※本シリーズとしては次回は衣川を取り上げます。
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