青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
北千町 きたせんちょう
所在地:石山駅方面 大津市石山千町
    南郷中学校方面 大津市千町一丁目
開設年月日:1987(昭和62)年4月8日
付近:石山霊園


石山駅方面から走ってきたバスが、滋賀大学職員会館「清流荘」の木立の脇の見通しの悪いカーブを曲がりながら軽く坂を下り、パッと視界が開けて住宅街が見えたところにあるのが「北千町」。ここは南郷学区の北の外れで、学区内でもっとも北に位置するバス停です。



もともと「北千町」などという表現は、地元でも特に使われていませんでしたが、千町の北の端ということで名付けられたのでしょう。
因みに、「千町」とは、ここを新田開発した神崎郡伊庭村(現在の東近江市能登川町)の小野将監が千町歩の田畑になるとして開拓し、1552(天文21)年に完成させ、300石収穫したことによる地名なのだそうです(『角川地名大辞典 25 滋賀県』P426)。

なので、他の町の「町」と「千町」の「町」は意味が全く違っており、「千町」の「町」は接尾辞ではありませんから、必ず「千町」とセットで呼ばないとおかしいことになります。タウンページでは「町」を略すため、「千」と書かれていますが、本当はすごく変なことです。
それにしても江戸時代にならないうちから開拓されていたんですね。

バス停名が「石山霊園前」でもおかしくないくらいの位置です。石山駅方面は、バス停ができる前から、このように少し広かった記憶があり、そこがうまく活用されています。
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↓こちらは南行きのバス停

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↓N-3892が通ります。

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ここの中千町寄りの木立がきれいで、一瞬ですが、緑のトンネルを抜けるような気分です。秋は黄金色に輝きます。

IMG_1734 (2)

車窓からは、袴腰山の麓の小高い丘に広がる赤尾町や第2グリーンハイツの住宅街が見えます。

次は中千町/千寿の郷(3月9日付拙稿 新・53号経路(千寿の郷経由系統)開通10周年①に飛びます)
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コメント
この記事へのコメント
こんばんは。いつもお世話になっております。
千町ってそういう意味だったのですね。タウンページの表記は私も気になっていたのですが、あれはおかしいですね。長野の信州新町など(この場合はちょっと違いますが)「町」が接尾語では無いケースは珍しいと思います。
2012/04/17(火) 21:54:33 | METEOR | #-[ 編集]
特集楽しみにしています
南郷中学校経由のバスが開通して25年も経つんですね。私が小学校3年生のときで、割とハッキリ覚えているので、そんなに昔なんだという意識があまりないです。(余談ですが、職場にはこのバスが開通した年に生まれた後輩が普通にゴロゴロいるのですよね。。。)先だってからの特集を楽しみに拝見しています。

家の近く(ほぼ目の前)をバスが走る、ということが想像もつかず、実際に走る姿を見たくて、用もないのにバス停まで行ったり、妙にワクワクしていたのを覚えています。

20年前に大津から名古屋に引っ越し、毎日当たり前のように市バスや電車が家の近くを走るのを見ているうちに慣れてしまったのですが。。。

「千町」の言われは今まで全く知りませんでした。「〇〇町」の「町」とは違うんですね、勉強になりました。写真を見て、「あー、確かにお墓だったよねえ」とか「もう少し行くと小さな郵便局があったなあ」とか懐かしく思い出しました、ありがとうございます。
2012/04/17(火) 22:38:50 | れお | #pamUQ3n2[ 編集]
Re: 特集楽しみにしています
METEOR樣、れお樣、コメントありがとうございます。

> 南郷中学校経由のバスが開通して25年も経つんですね。

ええ、もうそんなこと意識されてもいないのか、肝心の南中の公式HPでも全く25周年を祝う気配がないですね。まあ、25年だから、30年だから、せやし何やねん、と言われたらそれまでかもしれませんけど。

> 家の近く(ほぼ目の前)をバスが走る、ということが想像もつかず、実際に走る姿を見たくて、用もないのにバス停まで行ったり、妙にワクワクしていたのを覚えています。

やっぱりそういうひとがいはったんですね。私も、滋賀大西門以外の学区内の各バス停を見て回った記憶があります。初めて乗って、アナウンスを聞いた時の面映ゆさを今も忘れられません。

> 20年前に大津から名古屋に引っ越し、毎日当たり前のように市バスや電車が家の近くを走るのを見ているうちに慣れてしまったのですが。。。

そういう場所に暮らしているひとの、バスも電車も当たり前

> 「千町」の言われは今まで全く知りませんでした。「〇〇町」の「町」とは違うんですね、勉強になりました。

確か、千町公民館の横にも碑というか立札みたいなものがあってこうした内容が書かれていたと思います。

METEORさんが触れられている「新町」の他、「本町」「有楽町」のように、切り離せない「町」は他にも結構ありますが、「千町」の「町」はこれらとも違っていて、「町」の意味がない、ということになります。
2012/04/18(水) 00:17:02 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
石山駅でバスを待っていて「南郷中学校経由」がやってきます。
すぐ後から来る、経由しないバスの「赤川」で歩いた方が絶対に早く家に着くのに、夏の暑い日、冬の寒い日、そして夜すぐに経由しないバスがこない時間は、つい「南郷中学校経由」に乗って「北千町」で降ります。
降りることはあっても乗ることがないので、石山方向のバス停がお墓の前にあるというのは、今 認識しました。

この「北千町」バス停 新しい住宅開発でこれから少し需要が伸びるかもしれませんね。
2012/05/02(水) 21:37:54 | yume | #cxtPo.zo[ 編集]
Re: タイトルなし
yume樣、コメントありがとうございます。
住んでいる場所によって、微妙にバス停を使い分けることは確かに結構あり得ることですね。

> この「北千町」バス停 新しい住宅開発でこれから少し需要が伸びるかもしれませんね。

そういえば、以前旧集落との間に田んぼが広がっていたところにここ3、4年で急に家が建ちましたね。需要が伸びるのはいいことですが、反面あまり景色が変わることには戸惑いを覚えます。
2012/05/03(木) 00:57:38 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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