青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
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南郷中学校 なんごうちゅうがっこう
所在地:大津市南郷二丁目
開設年月日:1987(昭和62)年4月8日
付近:大津市立南郷中学校 社会福祉法人南郷会:南郷保育園


南郷中学校経由系統の中心的なバス停。中学生以外の一般利用者は、前後の赤尾町や南郷二丁目に比べ、若干少ない印象です。



↓南郷方面のポール

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↓石山駅方面

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お気づきのように、バス停名は「南郷中学校」ですが、どこを見回しても、学校は影も形もありません。そうなんです、初めて来る方は、案内板もありませんから、地図なしではまず中学校に辿りつけません。

それでは困る!というそこのあなた!ご安心下さい。私と一緒に、バス停から南郷中学校への道を辿ってみましょう。

石山駅方面から乗ったバスを降りると、こんな感じの景色です。

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↓信号機に向かって歩きます。

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この信号機は2011年1月17日に設置工事が行われ、2月か3月ごろ稼働し始めました。中学校開校当初から、ここは危ないから信号を設置すべきだと言われていたのですが、24年目にしてようやく実現したことになります。

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↓横断歩道は正しく渡りましょう。

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↓渡って右の横断歩道をもう一度渡ります。

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↓渡ったら左に曲がります。右手に見える廃墟のようなものは、養鶏場の跡です。私が子どもの頃からほとんど様子が変わっていません。

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↓少し歩くと、急坂を下った下の、通称・芋谷(旧石山南郷町字芋谷)を挟んで向こう側に、袴腰山と岩間山の裾を目がけるように、桜峠の道が上っていく様子が見えてきます。年始には、ここを4号経路が迂回して走っていました。

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↓看板が見えてきました。これは昔からあったかな?因みに、右に写っている、道路におかれた看板は、夜間の車の進入を禁止するものであり、門までの間は、特に立ち入りを制限されておらず、地元の人間はみな犬の散歩やジョギングで出入りしていますので、私も歩きます。

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↓これはほんの前奏曲で、ここからが長い。

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着きました。これでもう皆さんも、バスを降りてから、どっちに行ったらいいのだろう?と迷うことはありません! (???)↓

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バス停からは徒歩5分ほどでしょうか。久しぶりに近くでまともに見たのですが、思っていたよりはきれいな状態が保たれています。南郷小学校より10年ほど若い建物です。越直美大津市長も、ここで学んでいました。

↓南郷方面の生徒は、芋谷に下りる長い階段を使うのが普通です。

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大津市立の、大規模校から分離独立した新設校は概して、せっかく作っても、作ったそばから児童生徒が減少していくことが多いのですが、南中もその例に漏れず、生徒数は右肩下がりが続いていて、手元の、南郷中学校PTA広報紙「飛翔」74号(平成23年12月8日)によると、11月現在の生徒数は、合計450人に過ぎません。開校当時の800人前後から見ると、大きな減り方です。これは単に少子化が進んだということだけでなく、小中学生がいる世帯自体が少なく、街全体の世代構成が高齢化しているということが背景にあると思われます。

人口の減少は予測されていて、子どもが減ったときには、高齢者の福祉センターや、老人保健施設等として使えるような造りにしている、と開校当初から噂されていましたが、今のところ、学校施設の転用や、石山中学校に再統合するなどの動きはありません。

↓2008(平成18)年1月1日撮影

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「♪豊かな瀬田の流れのように」で始まる校歌は、30代以下の世代なら恐らく誰もが知っている、合唱コンクールの定番『遠い日の歌』で有名な橋本祥路氏が作曲したもので、校歌としては大変珍しく、混声二部合唱が可能です。(メロディは公式HPにて聞くことができます)

また、南郷小学校の校歌が1-3番まで全て、「ぼくのわたしの 南郷小学校」で終わるのと対照的に、これも校歌としては少数派なのだそうですが、「南郷中学校」という校名は一切入りません。

次は、南郷二丁目です。
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コメント
この記事へのコメント
1年半通っていました
とても懐かしい風景で嬉しいです。いつの間にか信号機が設置されていたんですね。
確かに写真で追うと、バス停から中学校までは結構距離があるのだなと改めて思いました。看板が出ている辺りや長い階段は、運動部の人たちが走り回ってました。

校歌について、校名がダイレクトに入っておらず、代わりに歌詞の中の「琵琶湖の『南』 静かな『郷』の」で「南郷」であることを歌っている、と習った記憶があります。歌詞もそうですが、メロディーも良いですね。良い意味で校歌らしくない歌だと思います。
ちなみに、転校先の中学校の校歌は1番から3番まですべて「〇〇中学校」ですらない「〇中 われらの母校」(「南郷中学校」でいえば「南中」といった略称)で終わっていますが、もちろん戦後まもなく作られた「いかにも!」な校歌で、転校当初はとてもショックだったのをよく覚えています。どちらの校歌もそれぞれ味があっていいなと思うようになるまでかなり時間がかかりましたね。
2012/05/16(水) 21:02:03 | れお | #pamUQ3n2[ 編集]
Re: 1年半通っていました
れお様、喜んで頂き幸甚です。

> とても懐かしい風景で嬉しいです。いつの間にか信号機が設置されていたんですね。

ええ、本文中でも触れましたように、去年から稼働しております。

> 歌詞もそうですが、メロディーも良いですね。良い意味で校歌らしくない歌だと思います。
> ちなみに、転校先の中学校の校歌は1番から3番まですべて「〇〇中学校」ですらない「〇中 われらの母校」戦後まもなく作られた「いかにも!」な校歌で、転校当初はとてもショックだったのをよく覚えています。どちらの校歌もそれぞれ味があっていいなと思うようになるまでかなり時間がかかりましたね。

なるほど、それは確かにショックでしょうね。あんまりジャーン、ジャーン!とした感じの曲だと、なんかちょっと違うなあ…て思いますね。
近いところで行くと、石山小学校の校歌も校名が入っていませんが、戦後、それまでの文語調の校歌から新しく作り直されたようです。
2012/05/16(水) 22:52:22 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
私も長らく、南郷中学近辺に行ったことがありません。それくらい、周りには住宅しかありませんものね
信号ついたのですね。。 私の場合、生徒としてでなく保護者として何度も行きましたが、やはりこの道、この辺りは危険だと思っていました。
自転車でもアプローチが長いなぁと思っていたのですが、歩いて通う生徒さんはもっと長く感じておられた事でしょう。でもまた、それが校舎に入るまで(出てから)の楽しみのひとつでもあったかもしれません。

因みに、南郷中学の校歌を作詞したのは私の母です。
娘の結婚式で母(娘からすれば祖母)への感謝の場面で 南郷中学の校歌を使いました。
金沢の地で南郷中学の校歌が流れたのはあれが最初で最後だったかもしれません。。
2012/05/17(木) 21:38:38 | yume | #/eG2YYas[ 編集]
Re: Re: タイトルなし
> 因みに、南郷中学の校歌を作詞したのは私の母です。

yume様、すごい情報をありがとうございます。昨年9月15日付拙稿「お母さんが小さな子どもだった頃の写真」http://contrapunctus.blog103.fc2.com/blog-entry-284.htmlで登場された、お母様が、そんなセンスのある方だったとは…。
自分のお祖母さんが作詞した歌が校歌となっている学校に通うなんて、そう滅多にできる経験ではありませんから、娘さんがうらやましいです。
2012/05/17(木) 22:05:20 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
 今日、母に校歌の話を聞いてきました。
歌詞は南郷学区に配布される回覧板か広報誌のようなもので公募されていたそうです。
開校してからの募集だったようで、6月頃に実際に南郷中学あたりを散策、学校を見て歌詞を作ったそうです。ただし、応募は5.6作品だったようで母が特別どうこうというわけではなく偶然です。
当時の校長先生と橋本祥路氏とは友達で、「校名が直接入るのは古い」というのは、お二人からのアドバイスだったそうです。
2012/05/18(金) 20:32:05 | yume | #/eG2YYas[ 編集]
Re: タイトルなし
yume様、南中の校歌の話題の補足、ありがとうございます。

> 歌詞は南郷学区に配布される回覧板か広報誌のようなもので公募されていたそうです。

へぇ!それは知りませんでした。当時の回覧なんてもう残っていないでしょうね。

> 開校してからの募集だったようで、6月頃に実際に南郷中学あたりを散策、学校を見て歌詞を作ったそうです。ただし、応募は5.6作品だったようで母が特別どうこうというわけではなく偶然です。

いや、競争率5,6倍でもすごいです。

> 当時の校長先生と橋本祥路氏とは友達で、「校名が直接入るのは古い」というのは、お二人からのアドバイスだったそうです。

またまたスケールの大きな話ですね!あの「遠い日の歌」の作曲者として全国区の橋本氏に作曲を依頼できるとは…。
「遠い日の歌」の伴奏を弾く度に、緻密に計算された和音に感嘆するのですが、相通ずるものがある気がしますね。
2012/05/18(金) 23:54:28 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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