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青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
宵待橋 よいまちばし
所在地:京都府綴喜(つづき)郡宇治田原町郷之口
開設年月日:1977(昭和52)年3月21日
廃止年月日:?
付近:


前のバス停「揚水発電所前」から4キロほども走って、漸く宵待橋に着きます。これは石山駅から平津バス停の距離に相当します。



地図でご覧頂いても分かる通り、宵待橋のたもとは、宇治田原から宇治に向かう府道62号線と、府道3号大津南郷宇治線、つまり宇治川ラインの道とが合流するところです。かなり交通量がありますが、信号はありません。
道のつながり方は、宇治田原⇔宇治間の行き来が優先で、大津方面から走ってきた車が宇治に向かう時は、一旦停止して、宇治田原から来る車がないか確認して右折する、という形(もちろん、宇治田原に向かう時は一旦停止して左折)ですが、道路の番号は大津方面から通しになっています。

↓大津・宇治田原方面から宇治に向かう時は、交差点を少し北に行った、この辺りにポールがあったようです。

IMG_3323.jpg
↓正にこの電柱付近だったようです。

IMG_3324.jpg

↓宇治田原・大津方面はそのほぼ向かい側です。

IMG_3325.jpg

上の写真の左端の方に写っている崩れ箇所を中心に持ってきて撮りました↓

IMG_3326.jpg

この辺りはいつもどこかしら崩れていて、この日も、発電所の石山寄りや、天ヶ瀬ダムに入る脇道で片側通行が実施されていました。
道路自体が1964(昭和39)年開通と、意外なほど新しく、もっと山深い十津川でさえ渓谷沿いに、山にへばりつくような集落があるのに、ここは外畑を出ると、あとは宇治の市街地に入るまでまったく集落がありません。
私が思うに、昔のひとはここが危険なのを知っていて、住みついたりはしなかったのではないでしょうか。大津と宇治との行き来は山科回り、石山や南郷と宇治の行き来は禅定寺峠越え、あるいは笠取回りで事足り、宇治川沿いに住むひともいないから、道も形成されなかったのではないかと思われます。

↓宵待橋。右が宇治田原、橋を渡ると大津方面です。もうちょっと全体が分かるような写真を撮ればよかったです(汗

IMG_3327.jpg

↓宵待橋です。典型的なラーメン橋です。ラーメンは食べるラーメンではなくて、ドイツ語のRahmen(=骨組)に由来します。宇治側から石山方面を望んでいます。

IMG_3332.jpg

↓竣工は「昭和36年3月」とあります。もう50年ほど経っています。

IMG_3328.jpg

↓なぜこの橋が宵待橋というのか調べたのですが、ネットで見る限りでは「宵待草が咲き乱れていた」「愛染かつらの歌から」などの説がありました。この橋を題材にした「宵待橋」というそのままのタイトルの演歌を、島津悦子が1994(平成6)年に発表して第26回日本作詩大賞を受賞しているそうです。
更に文献に当たってみようと思いますが、何かご存知の方はお知らせ下さい。

IMG_3330.jpg

次は、桜谷。
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