青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
曽束大橋 そつかおおはし
所在地:大津市大石曽束町
開設年月日:1977(昭和52)年3月21日
廃止年月日:?
付近:曽束大橋 曽束緑地


笠取口を出て、800mあまり、普通なら間にもう1つバス停が挟まるくらいの距離を走って、曽束大橋に着きます。



↓標識は右に行くと宇治であることを示していますが、左に曲がる(写真の撮影位置側に折れる)ことができ、ここから5~600mほどで「曽束」のバス停です。

IMG_3305.jpg

バス停のポールはこの辺にあったのかな?と思ったのですが、何しろ家がないからどの年度も住宅地図がなく、記憶もないので、確かめようがありません↓

IMG_3301.jpg

↓振り返ると、黄色いアーチが特徴的な曽束大橋。橋の向こう側は宇治市ですが、宇治行きは、渡ってこちら側で、一旦大津市に戻ります。橋の北詰、宇治市側は、二尾(にのお)や炭山の集落への入口です。

IMG_3300.jpg

↓橋の向こうに、集落に続いている道のガードレールが見えます。

IMG_3302.jpg

↓石山駅方面のバス停は、この茂みの中にでも立っていたのでしょうか?

IMG_3299.jpg

大津市のかんきょう宝箱のページによると、曽束大橋が架かっているのは、1964(昭和39)年の天ケ瀬ダム完成までは「曽束の渡し」と呼ばれる渡し船があった地点です。何と、両岸に縄を結んで、それを手繰って船が行き来していたのだそうです。それにしても、こんなところで1日にどれほどのひとが行き来したのでしょう?生計が成り立ったのかとか下世話なことまで考えてしまいます。
ドラクエやFFのようなRPGでも、町から遠く離れた訳の分からんところに渡し船とか、宿屋とかいろんな施設があったりしますが、何かそういうものを彷彿とさせます。

次は、揚水発電所前
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