青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
京都八日市線、今回は一般道経由だった時の道のりを辿りたいと思います。
5月30日付拙稿1963(昭和38)年5月30日 京都八日市線開通でも触れましたように、石山駅口から東では、6カ所の停留所に停まっていたわけですが、そこから西、京都方面は、現在の国道経由の路線や、京津国道線と重なりますので、そちらの方で書いていこうと思います。石山駅口から東に向けて順番に、現在の各停留所の様子を見てみます。

国道1号線沿いや、浜町、京町通などの旧大津市街のバス停に今もよく残っている、平成初期と思われる古い路線図(南草津駅がないので、平成5年以前?)には、「石山駅口」バス停が健在です↓
石山駅口以東、東草津までの京都八日市線(国道経由)が停まっていたバス停には、赤い枠をつけております。

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石山駅口―――そのバス停を覚えているひとが今どのくらいいるのでしょう。
しかし、草津方面については、今もはっきりとした跡を見出すことができます。

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チェーンで仕切られたこの不自然なスペースが、「石山駅口」のバス停跡です。

場所は、「粟津町東」という交差点のすぐ西です。



引用した地図は「Yahoo!地図」ですが、驚いたことに「石山駅口」を検索キーワードに入れると、未だに「マピオン」の地図が検索できます。




↓の写真は、交差点東側から、京都方面を望んでいます。滋賀銀行石山駅前支店の脇に、屋根つきの駐輪場が見えますが、そのすぐ西寄りに、最初の写真の、チェーンで囲まれたスペースがあります。

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この交差点の右手が石山駅なので、「石山駅の入口 ターミナル内ではない」という意味で、「石山駅口」と名付けられたのでしょう。多くの駅は、国道などの幹線道路から少し入ったところに設けられているので、中・長距離路線の中には、ターミナルに入らずに、こうした停留所で乗り換えの便を図ったバスが多いようです。

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ところで、京阪バスの京都八日市線八日市方面行きがこの写真の位置に停まっていたかどうかは微妙です。
というのも、開通の前年、1962(昭和37)年1月7日付滋賀日日新聞に、「青信号でも立ち往生 邪魔するバス停」という次のような記事があるからです。

国道一号線の十字路でバスの停留所とシグナルが接近しているためかえって信号がアダになるという現象が起こっている。それかといって信号を除去するわけにはいかず、警察では停留所の移行を申し入れたが、陸運局の設置認可の問題もからんでスムーズに行かず、相変わらず″国道のガン″になっている。
大津市粟津西町の滋賀銀行石山支店前の国道一号線の十字路に、昨年十二月はじめ歩行者を交通魔から守るためシグナルが取りつけられた。ところが以前から同銀行前には近鉄バスの国道石山駅の停留所があり、信号が青になってもバスが停車しているため進行できず、朝夕のラッシュ時などは車がジュズつなぎになって大へんな混乱を示しはじめた。



滋賀銀行は今もあって、私の写真にも写っています。余談ですが、「大津」「膳所」「瀬田」「堅田」の各駅前にある支店は、それぞれ「○○駅前支店」を名乗っていますが、石山だけはこの新聞記事の当時から既に「石山」で「石山駅前」ではないところが興味深いです。
「シグナル」ということばがこの記事には何回も出てきますが、今は「信号」というのが普通ですね。時代が下がるにつれて外来語より日本語表現の方がより一般的になった珍しいケースなのでしょうか。

記事には、客扱いをする近江鉄道バスが写っていますが、そのバスは今の屋根つきの駐輪場の辺り、ほぼ交差点の停止線の辺りで乗降扱いをしていました。

大津署は(中略)近鉄大津営業所へ「停留所を上、下線とも同道路から約五十メートル西側へ移行するよう」口頭で申し入れた。
バス停留所設置の認可権は陸運局にあるため大津署が強制するわけにもいかず警告後一カ月の現在も近鉄側は「陸運局の手続きが面倒なので、すぐというわけには…」といっている。



「距離」や「長さ」などの数的、量的感覚が著しく乏しい私でも、チェーンで囲まれたスペースと、駐輪場との間には、とても五十メートルあるようには見えず、結局、移動したとしても「気持ち」だけだったんだろうな、と思います。今でも、上下両方向とも、右折レーンさえなくて、新聞記事の写真と雰囲気が変わっておらず、交通のネックです。

「石山駅口」から見た石山駅方面↓

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逆に、石山駅側から見た「石山駅口」↓

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100mあるかどうか程度でしょうか?

この道を、時折近江バス帝産バスが回送していますが、石山商店街の「夜市」などで歩行者天国が実施される時は、このように京阪バスの定期路線も迂回します(2009年7月25日撮影)↓ 車両は、今はなきA-1934。左手の店が当時は「小倉優子ダイニング」だったんですね(爆)。左奥の「びわこ石山ホテル」も、最近「レイアホテル大津石山」としてリニューアルしました。

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「石山駅口」から南、東レ構内方面。朝は通勤のひとでいっぱいです。

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最後まで「石山駅口」に停まっていたのは、滋賀交通の水口-浜大津線でしょうか。

残念ながら、大津・京都方面は様子が大きく変わってしまい、バス停の痕跡はまったくありません。確かこの辺りに近江鉄道系のボウリング場「近江ボウル」があって、その前のこの路上だったと思うのですが…。

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↓上の写真と逆に、瀬田、草津方面を望む。

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八日市行きは、ここから瀬田に向けて、瀬田川大橋を渡ります。完成は意外に古く、1959(昭和34)年2月。京阪バス京都八日市線ももちろん、この橋を渡っていたはずです。「次は、久保江です」

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