青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。

高いストローブ松の梢が風に揺れていた。それは揺れているというよりも、幾本ものストローブ松が、ぐるりぐるりと小さく天をかきまわしているような感じだった。
三浦綾子『氷点』(上)P83



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9月29日付風は全くない-氷点Ⅰの続きです。

今回は、宜しければ1989(平成元)年4月放送の、テレビドラマ版『氷点』の主題歌、その名も『氷点』をお聴き下さい。歌は、最近ちょっとお騒がせもありましたが、私は結構好きな、玉置浩二です。
そう、彼も旭川出身なのです!



記念館には、三浦綾子の生い立ちや、各作品の年譜などが展示されている他、作品を集めた図書室もあります。

中でもデビュー作であり、地元・旭川が舞台の『氷点』は扱いが大きく、2階では、辻口啓三・夏枝夫婦を仲村トオル、飯島直子が、辻口陽子石原さとみが演じた2006(平成18)年放送のTVドラマ版が流されていました。あっさりサバサバしていて、物事を鋭く見抜く賢者のような独特な印象を与える、夏枝の親友で日本舞踊の師匠・辰子を演じる岸本加代子が、ものすごくぴったりで、主人公の辻口家一家以上に印象的でした。

また、見本林や、旭川の街で『氷点』を追体験する、という企画もあり、パンフレットが配られていました。

冒頭の「風は全くない」は、末尾の「気がつくと林が風になっている。また吹雪になるのかもしれない」に対応しています。社会的にも経済的にも家庭的にもまったく何の問題もないと見えた人生。しかしその底には黒々とした罪が蠢(うごめ)いている。その罪への気づきによって、真の求道が始まることを暗示しています。
(パンフレット)



文学ってこう読むんですね!あまり読書家でない私は感心しきり。

冒頭の文章については、パンフレットでは、天を書きまわすストローブ松は「助けてくれー」と手を伸ばし、もがく人間たちの心、とされています。普通なら、天をつくような、とでも表されるところだと思いますが、三浦綾子は「天をかきまわす」と、独特な例えを使っています。

そこには一方的に「天をつく」という地上からのみの観点を超えて、人間の不幸によって「かきまわ」される「天」の心が暗示されているのです。



助けて欲しい時、ひとは本能的に手を伸ばします。確かに、日本の一般的な松より背が高いストローブ松は、助けてくれ!と伸ばす手のようにも思われてきます。

見本林を散策しました。この辺はまだ明るいです。台風で倒れたりいろいろあって、今は昔ほど鬱蒼としていない場所が多いようです。

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すぐに美瑛川の堤防に着きます。『なるほど・ザ・ワールド』の「旭化成」のCMで使われていた、佐藤竹善(ちくぜん)の「♪このまま歩こう あの空の果てに…」という歌を思い出しました。美しい青空ですが、しかし、『氷点』ではこの堤防には、悲しく、重い役割があります。

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非日常と日常の境、人間の意識と無意識の境、日常の中に押し寄せて氾濫してはいけないものを防ぐものの象徴なのです。
この堤防から美瑛川の方に下りたところで、ルリ子は殺され、陽子は自殺しようとしました。

堤防から後ろを振り返ります。

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堤防から向こう、川寄りの方が暗く感じられたのは気のせいでしょうか。急に誰か現れたらびっくりしそうです。
この暗い林は、「人の心の底にあるものを思いがけなくも湧き上がらせる場所」なのだそうです。

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パンフレットでは、美瑛川の川岸で、できれば仰向けで寝そべって下さい、と書かれていました。自殺しようとした陽子が見たのと同じ空を見て欲しいということなのでしょう。しかし、あまりに鬱蒼としていて、どこから川原に下りていいのか分かりませんでした。

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陽子もルリ子も実在の人物ではないのだから、本当の殺人・自殺現場でもないのだし、何も怖がることもないのですが、変に緊張してしまいました(汗)。そんな心をホッとさせたのは…↓
最初、トラネコかと思ったのですが、よく見るとキツネでした。こちらに気づいて、逃げ出そうとするところを慌てて撮影しました。生でキツネを見るのは初めてです。

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あとで資料館の館員さんに「キツネがいるんですね」と興奮気味に尋ねたら、
「キツネも、リスもいますし、私の家には鹿も出ます」
と、サクッと言われました。あまり珍しいものでもないのでしょう。
ピアノの先生にも「生でキツネを見た」と話したら、
「私も学生時代に丹波で群れを見た」
と言われ、拍子抜けしました。タヌキはともかく、キツネなんてそんなに普通にいるもんなんですね。

余計な話が挟まりましたが、『氷点』は、必ずしも旭川でなくても成り立つ物語ではありましょう。普遍的な話で、変に理想化されたり、内地の人間の一方的なイメージでとらえられた「北海道らしさ」みたいなものが薄く、リアリティに富んでいるから、北海道では初めてのテレビ化の時、目に見えて外出するひとが少なかったと言われるくらい、受けたのでしょう。反面、やはり旭川の厳しい風土だからこそその凍りつくような冷たい緊張感が一層際立つのだ、とも思えるのです。

罪と、その許しが得られるのかどうか、それはぜひ皆様の手に『氷点』を取って確かめて頂ければ、と思います。

この後も1回か2回、『氷点』編をお届けする予定ですので、宜しければお付き合いください。
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