青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
久しぶりに氷点編です。

夏に札幌に行った時、やっぱり旧北海道庁を見に行きました。涼しいです。半袖で暑くもなく寒くもなく比叡山並み、か、下手するとそれでも肌寒い時があるくらい。

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↓道庁前で見た馬車。

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↓荘重な会議室

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実際にここが1968(昭和43)年まで現役だったというのがすごい。現在は北海道の歴史などを展示する博物館になっています。
印象的だったのは、写真には撮り損なってしまいましたが、「真岡(まおか)郵便電信局事件」に関する展示でした。

↓真岡は今、ホルムスクと呼ばれています。日本とロシアとの間で「帰属未定」ということになっている、南半分の側にあります。



1945(昭和20)年8月20日、真岡郵便局の女性電話交換手は「通信は大切な仕事だから」と自らの意思で疎開(引き揚げ)をせずに残っていました。当時の郵便局は電話も管轄していたのだそうです。その時、真岡へのソ連軍の上陸を知って交換手12名のうち10名が局内で自決を図り、9名が死亡した、という事件です。電話交換手以外にとどまっていた局員や、当日休みだった職員からも、ソ連兵によって殺された死者が出ていて、殉職者は19人にも上るそうです。

あら?と思われた方がいるかもしれません。終戦は8月15日なのに、と。詳しいことは分かりませんが、なぜかポツダム宣言を受諾したというのにソ連軍の侵攻は止まらなかったそうです。何ということでしょう…。

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有名な事件なようなのに、不勉強で全く知らなかったことを恥じながら、展示に見入っておりましたが、後で『氷点』を読み返し、実は全く知らなかったのではなく、忘れていただけだと気づきました。こんな場面があったのです。

陽子の「父」辻口啓造と、その陽子を、自らが関わる乳児院の子どもから選んで託した学生時代からの友人・高木が、道北方面に旅行に行き、宗谷岬で樺太を見る場面です。

二人は電話交換手のレリーフのそばに寄った。三枚の四角い切石が屏風のように並べられ、右端にレリーフ、左端に九人の乙女の名前、そして真ん中に、悲痛な言葉が刻まれている。
「みなさん、これが最後です。さようなら、さようなら」
それは、昭和二十年八月、ソ連軍の方かに囲まれた真岡で、最後まで職場を死守した、交換手たちの最後の言葉だった。この言葉を最後に、彼女たちは青酸カリを飲んで果てたのだ。

三浦綾子『続・氷点』P107 朝日新聞社 1978 



※私の手元にあるのは朝日文庫版ですが、画像が出てこなかったので、角川書店版を使用しています。内容は変わらないはずです↓

続氷点 (下) (角川文庫)続氷点 (下) (角川文庫)
(1982/03)
三浦 綾子

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その後、石碑に刻まれている、実在の犠牲者の名前と、作中の樺太出身のある登場人物の苗字が同じであることから、辻口は、親戚だろうか?と思いを巡らすのです。

北海道では、今でも本州・四国・九州を「内地」と呼ぶひとがいて、本州の私たちには、戦時中の、台湾や満州に対する本土を表すことばのようで、とても日常用語のように感じられず、重々しく、仰々しく思われますが、裏を返せばそのくらい、北海道の地理・歴史は、表現が適切かどうかはともかく、かなり特別なのです。「北海道」が、本土の都府県並みの普通の自治体として扱われるようになったのでさえ、なんと戦後です。

その「内地」の人間は、私も含めて、そもそも北海道の歴史を知らなさすぎるような気がして、おいしい食べ物、美しい景色を楽しむのも大切だけれども、少し振り返る時も必要なのではないかと、柄にもなく思いました。


―――その犠牲者は当時17歳だったそうです。

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コメント
この記事へのコメント
No title
こんばんは。
約10年前、私も宗谷岬からサハリン=樺太をみたことがあります。
定期観光バスのガイドさんに真岡の悲劇を聞きました。
数年前、真岡の悲劇を描いたドラマがあり、録画をしたのですが、未だに観ていませんが、DVDレコーダーの中には残してます。内容が重く、なかなか観る気がしませんが、いつかは見ようと消去せず残してあります。
よく、沖縄を除き、日本本土での戦闘は避けられた、と言われますが、戦争末期に「内地」へ編入された樺太のソ連軍との戦いは本土での戦闘ですよね。南樺太や千島列島・占守島での日本軍の抵抗がなければソ連軍は北海道へ侵攻し、北海道の北半分(留萌・釧路を結ぶ線以北)はソ連領に編入されるか、「日本人民共和国」
になっていたかもしれないですね。
もし、日本の降伏がもう少し早ければ、いまでも南樺太は日本領だったかもしれません。樺太道なのか、北海道樺太支庁だったのかはわかりませんが、日本のままだった樺太を夢想することはよくあります。過疎化してそうですが。
逆に、ロシア化された北海道も考えてしまうこともあります。
北海道の歴史もですが、もう少し樺太のことも忘れずに勉強するべきでないでしょうか、と生意気かもしれませんが思います。
2011/11/18(金) 01:15:30 | K2 | #-[ 編集]
Re: No title
K2様、コメントありがとうございます。

> 北海道の歴史もですが、もう少し樺太のことも忘れずに勉強するべきでないでしょうか、と生意気かもしれませんが思います。

ええ、私も、樺太はじめ北方領土のことも含めて北海道全体の歴史、というつもりで書きました。
そのDVDは勉強の手始めにいいかもしれませんね。

2011/11/18(金) 23:38:51 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
確かにそんなくだりがありますね
『氷点』は私も大好きな小説なので、これまで何度も読み返しました。
「氷雪の門」を訪れるくだりですね、よく覚えています。

真岡郵便局の事件は、「氷雪の門」というタイトルで映画化されています。製作されたのは1974年なのですが、ちょうど去年名画座的な映画館で上映されたものを観ました。

先のコメントにもあるとおり非常に重い内容で、映画館を出てからしばらく何とも言えない思いつめた辛い気分になったのですが、それだけインパクトのある内容ともいえます。

2011/11/19(土) 00:00:21 | れお | #-[ 編集]
すみません
文章がまずかったですね。日本人全体が樺太、北方領土のことを
忘れずにその歴史を勉強するべき、という意味で書きました。
誤解をまねく表現に今、気がつきました。申し訳ありません。

北海道庁は私もみたことがあります。意外とこじんまりしていて驚きました。高校二年生の修学旅行の時です。
札幌で見た北海道中央バス(ですよね)、京阪バスとそっくりな塗装で、私たちの貸切バスの中は何故北の大地に京阪バスが走っているのか!と騒然となりました。(騒然は言い過ぎかも)今は中央バスのカラーリングは変っていると聞きましたが、我らが京阪バスは伝統を守ってほしいですよね。

蛇足ですが北海道への修学旅行は行きは京都から特急白鳥、青函連絡船、特急北斗を乗り継いで札幌へ。帰りはバス、フェリー、バスと乗り継いだ後、583系電車の貸し切りで盛岡へ行き、そこから東北新幹線、東海道新幹線で滋賀へと帰りました。今なら絶対飛行機ですよね。

では失礼いたします。
2011/11/19(土) 00:00:56 | K2 | #-[ 編集]
Re: すみません
> 文章がまずかったですね。日本人全体が樺太、北方領土のことを
> 忘れずにその歴史を勉強するべき、という意味で書きました。
> 誤解をまねく表現に今、気がつきました。申し訳ありません。

え?いいえ、何もおかしくないと思います。 大丈夫です。

> 北海道庁は私もみたことがあります。意外とこじんまりしていて驚きました。高校二年生の修学旅行の時です。

そう言われてみれば小さいですね。たくさん支庁があると言っても、不思議ですね。だからこそ移転したのでしょうけれど…。今も一部は道庁の会議室として使われているそうです。

> 札幌で見た北海道中央バス(ですよね)、京阪バスとそっくりな塗装で、私たちの貸切バスの中は何故北の大地に京阪バスが走っているのか!と騒然となりました。(騒然は言い過ぎかも)今は中央バスのカラーリングは変っていると聞きましたが、我らが京阪バスは伝統を守ってほしいですよね。

モノクロでも、40年前の写真でも、50年前の写真でも、一発で京阪バスだと分かるあのカラーリングはすごいですね。

> 蛇足ですが北海道への修学旅行は行きは京都から特急白鳥、青函連絡船、特急北斗を乗り継いで札幌へ。帰りはバス、フェリー、バスと乗り継いだ後、583系電車の貸し切りで盛岡へ行き、そこから東北新幹線、東海道新幹線で滋賀へと帰りました。今なら絶対飛行機ですよね。

修学旅行が北海道ということ自体がすごいですね。いいなあ…。でもちょっと疲れそうですねw 夜行じゃなかったんですね。
2011/11/19(土) 00:19:06 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
Re: 確かにそんなくだりがありますね
れお様、コメントありがとうございます。

> 『氷点』は私も大好きな小説なので、これまで何度も読み返しました。
> 「氷雪の門」を訪れるくだりですね、よく覚えています。

私も読んだのに、全く覚えていませんで情けないです(苦笑)。

> 真岡郵便局の事件は、「氷雪の門」というタイトルで映画化されています。製作されたのは1974年なのですが、ちょうど去年名画座的な映画館で上映されたものを観ました。
> 先のコメントにもあるとおり非常に重い内容で、映画館を出てからしばらく何とも言えない思いつめた辛い気分になったのですが、それだけインパクトのある内容ともいえます。

そうですか…。何だか見るのが怖いですが、たまにはシリアスな内容の映画や、古い映画をじっくり見てみたいな、とも思います。

2011/11/19(土) 00:22:41 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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