青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。

陽子は神楽農協の前でバスに乗った。旭川に行くには、橋をひとつ渡らねばならなかった。バスがその橋の上をすぎるとき、陽子は生まれてはじめて「淋しい」ということを知った。今まで、一人で旭川に出たことはなかった。橋の下を流れる冬の川はくろかった。バスの窓に、ひたいを当てて陽子は外を見ていた。

三浦綾子『氷点』(上)朝日文庫 P236





三浦綾子記念館を見て、せっかく昔読んだ『氷点』なのに、筋立てがなかなか思い出せなくてもったいない、と思って、『氷点』を読み返して、この場面に行きあたりました。「神楽農協前」は、記念館に行く時に降りた、現在の「神楽4条8丁目」であり、辻口家の人々は、ここで何度もバスを乗り降りした、と展示にもあったので、写真を何枚か撮影しましたが、こんな場面があったことは、思い出せませんでした。この直前に、「母」夏枝に、物語のクライマックスの1つである恐ろしい思いをさせられた、小学校1年生の陽子――小説発表当時は、トウキビ畑がほとんどだったというこんなところで、小学校1年生の女の子が1人バスに乗る…どんなに寂しく、怖かったことでしょう。

写真に写る空は明るく碧くても、それを思いながら見返すと、私も寂しくなりました。

因みに、旧神楽町が旭川市と合併するのは1968(昭和43)年3月1日のことで、『氷点』の時代背景では、ここはまだ旭川市ではなかったため、「旭川に出たことはなかった」と、よそのような書き方がなされています。

また、お気づきのように、驚いたことに今も、農協(JA)関係の建物がちゃんとバス停前にあります↓

DSC_0541.jpg

バス停の名前が変わってしまっているので、中には、三浦綾子記念文学館に行こうとして、
『神楽農協前』というアナウンスが流れなかったから、乗り過ごしてしまった」
なんていうひともいるそうです。

陽子をはじめ、辻口一家は、何度このバス停で、バスを乗り降りしたのだろう?と思いながら、私も、旭川駅方面のバスを待ちました。
……世界にはシャーロック・ホームズは実在の人物だった、と考えているひとたち(シャーロキアン)がいますが、私も、辻口一家が実在した人間であるかのような錯覚を覚えました。

↓こちらは記念館側から見た建物。バス停はこの建物の向こう側になります。

DSC_0539.jpg

↓バス通りに出る辺りから、記念館の方向を望む。

DSC_0540.jpg

そういえば三浦綾子は、もっと東の旭川市豊岡町に住んでいたそうなので、やはりここでバスを乗り降りして、取材していたのでしょうか?

DSC_0486_20110919204512.jpg


『氷点』には、こんな場面もありました。

停留所には人影がなかった。すでにバスの出たあとと見える。一時間毎のバスであった。
(泣きつらにハチというところだな)
啓造は苦笑すると、仕方なくあるくことにした。

三浦綾子『氷点』(上)朝日文庫 P147



夏枝が、札幌で「もらった」陽子と一緒に旅館に泊まっていて留守なので、衣類がどこにあるのかお手伝いさんにも分からず、肌寒い日に薄着で出てしまった朝の場面です。通勤時間帯なのに1時間に1回というのは驚くべき本数ですが、当時は今では考えられないような田舎だったのでしょう。

↓バスが来ました。LEDが切れ切れですが、旭川駅方面に向かうバスです。

DSC_0543.jpg

前にも書いたことがありますが、ひとは、電車にも、バスにも、必ずしも「楽しい」とか「嬉しい」と思いながら乗っているとは限りません。私自身も、「仕事しんどいな」「今日も頭が痛いな」程度から、もっと深く、何かつかみどころのない虚しさを覚えながらバスや電車に乗る時も、ないとは言えません。運転手さんだって、「イヤな客がいるわけじゃないのに憂鬱だな」「渋滞しているわけでもないのに、イライラするな」と思うことだってあるかもしれません。もちろん、楽しくて嬉しくてという日もありましょう。そういう、いろいろな人生の物語を、1つの空間に束ねて、でも普通、それが露わに出ることはなく、またバス停で、駅で、別々の成分を持ったベクトルとしてバラバラにほぐれていく…。その当たり前のことが、私にはとても不思議な、大切な、重たいことのように思われて仕方ないのです。

IMG_0845.jpg

また列車が入ってきた。大勢の人が降り、そして同じ数ほど乗った。何の目的で札幌に降り、何の目的で旅立つのか。この駅に降りることで、あるいは発つことで、その一生が定められる人もあろう。そんな運命的な何かが、駅にはまつわりついているような気がした。いかにたくさんの人が溢れていても、駅にはうら悲しさがあると感じたのは、そのせいかも知れないと、陽子はプラットホームを眺めていた。

三浦綾子『続 氷点』(下)P72

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この記事へのコメント
[色:FFFFFF]色付きの文字[/色][色:FFFFFF]色付きの文字[/色][色:FFFFFF]色付きの文字[/色][斜体]斜体の文[/斜体]三浦綾子さんの作品、好きです。
こんにちは。

楽しく拝読いたしました。
昨年、旭川市の三浦綾子記念文学館に行って来ました。三浦綾子さんの書物は、何点か読みましたが、代表作ても言える『氷点』は、実はまだこれからです。
三浦綾子さんの随筆の中に営林署にお勤めであった夫のお弁当を作り、毎朝、自宅近くのバス停まで見送りに行く様子が描かれています。描写が大変みずみずしい文章で、心に残っています。

おかげ様で、『氷点』を読んでみようかしら?と思いました。
2015/05/02(土) 17:48:16 | モモチン | #-[ 編集]
Re: 色付きの文字色付きの文字色付きの文字斜体の文三浦綾子さんの作品、好きです。
ももちん様、初めまして、コメントありがとうございました。
1か月以上コメントがないこともあるのに、今日はももちん様はじめ3件もコメントを頂いてありがたいことです。

> 三浦綾子さんの随筆の中に営林署にお勤めであった夫のお弁当を作り、毎朝、自宅近くのバス停まで見送りに行く様子が描かれています。描写が大変みずみずしい文章で、心に残っています。

逆に私はその随筆を読んでいないですね。三浦綾子は学生時代に結構読んだのですが、暫く遠ざかってしまっているので、私もゆっくり読んでみたいです。
2015/05/02(土) 21:55:23 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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