青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
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赤尾町 あかおちょう
所在地:大津市千町二丁目
開設年月日:1987(昭和62)年4月8日
付近:大津千町簡易郵便局


地元の人間でも詳しい地図を改めて見直さなければ気づかないのですが、「赤尾町」バス停の所在地は「大津市赤尾町」ではありません。僅かにずれて、実際の所在地は千町です。上の写真の、横断歩道の標識の左手の家と、道路を挟んで右手の家の辺りが、赤尾町の一番上のブロックです。
ずれが僅かであり、あまり所在地に忠実に「千町二丁目」としてしまうと逆に地元では「第二グリーンハイツ」のイメージが強く、誤解を招くので、「赤尾町」としたのかもしれません。

因みに、行政上の住所としての「赤尾町」の範囲には実際にはバス停は1カ所もありません。



「赤尾」の町名は、もともと「八幡野(はちまんの)」と呼ばれる広大な原野であったのを、江戸時代に、大津の商人、赤尾松太郎が新田を開いたことに端を発します。膳所藩領赤尾新田から、明治時代には滋賀郡赤尾村、滋賀郡石山村(町)大字赤尾となり、1933(昭和8)年から、「大津市石山赤尾町」となりました。住居表示が施行されて、今の「大津市赤尾町」になったのは1976(昭和51)年です。

京阪バスのバス停名を五十音に並べた時には、交野の「逢合橋」(あいあいばし)、醍醐の「合場川」(あいばがわ)のバス停に次いで、3番目のバス停(コミュニティバス、京阪シティ、京阪宇治を除く)で、大津管内では先頭になります。

大津市の町名としても、1976(昭和51)年から五十音の先頭でしたが、1988(昭和63)年に飛島グリーンヒルの「青山」が発足して、12年目にして一番の地位を譲りました。

南郷中学校経由各系統開設当初から一貫して、この系統単独のバス停としては、南郷二丁目とともに、最も一般利用者が多い停留所と思われます。

南行きは「石山団地口」などと共に、大津管内でも屈指の、本格的な坂道発進のバス停で、この少し南の南郷中学校寄りが、当路線で最も標高が高い場所です。台地であるこの辺りと、丘の麓の赤川や南郷一丁目とは1キロほどの距離ですが、標高差は20~30mほどもあります。

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ここで後ろに全く下がらずに発進できる運転手さんだと、ああうまいひとだなと、安心して乗れる感じです♪
前に「秘密のケンミンショー」で、長崎のバス運転手は、坂道を1センチ足りとも下がらずに発進できるようになるまで、2,3カ月徹底的に特訓するのだと放送されていました。坂道ばかりなので、その度に下がっていたのでは、乗客が不安でたまらないということなのでしょう。

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バス通りを境に、概ね東側が住宅地、西側が田園地帯となっています。利用者が多いのは、東側の住宅地の層が厚く、人口密度が高いからなのでしょう。

↓石山駅方面

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↓赤尾町を発車して、間もなく坂道を上りつめようとする、今は亡き最後の生粋の大津っ子エアロスターK、A-1802。

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地元で特にそういう呼称があるわけでなく、京阪バスの勝手でつけられた「北千町」「中千町」などと違い、「赤尾町」という南郷の人間にはなじみ深い地名が、アナウンスで流れたのを、開通から間もなくして初めて聞いた時の感動、面映ゆさは25年経った今も忘れられません。

次は 南郷中学校(52・53・54号経路)/びわこ池田墓園 終点(55号経路)です。
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コメント
この記事へのコメント
毎回楽しみです
だんだん昔住んでいた所(南郷2丁目!)に近づいてきて、毎回楽しみです。正確には千町なんですね、これは初めて知りました。
付近の施設として、大津千町簡易局を挙げていましたが、確か昭和60年頃まで南郷学区の郵便局はここだけだったような覚えがあります。大津南郷郵便局が出来るまで、私の家でもこの小さな簡易局を使っていました。都市部では石を投げれば郵便局に当たるくらいなんですけどね(笑)
2012/05/04(金) 21:54:45 | れお | #pamUQ3n2[ 編集]
Re: 毎回楽しみです
れお樣、楽しみにして下さっているとのこと、ありがとうございます。
そういえば南郷郵便局は新しいですね。千町簡易郵便局は、物心ついた頃には既にありました。多分、石山学区以南では、石山寺郵便局や大石郵便局、集配も行っていた関ノ津郵便局はかなりの歴史があり、その次くらいに石山別所郵便局がくるのでしょう。

>都市部では石を投げれば郵便局に当たるくらいなんですけどね(笑)

大津市内でも、晴嵐から北、浜大津辺りまでは密度がぐっと上がるような気がしますね。
でも、本当にそんなに必要なのか、分かりませんね。
2012/05/06(日) 13:58:06 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
千町簡易郵便局ができたのは、昭和54年の末くらいか、55年の始めだったと思います。
地図が配布されたような記憶があります。
2012/05/06(日) 16:59:10 | yume | #/eG2YYas[ 編集]
Re: タイトルなし
yume樣、早速のフォローありがとうございます。
今、手元にある1971(昭和46)年の住宅地図のコピーを見ましたが、確かに郵便局は影も形もありませんね。
旧郵政省などで、郵便局の開局年月日が分かるような白書とか何か出しているかもしれませんので、そういうものも見てみます。
2012/05/06(日) 19:13:58 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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