青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
1995(平成7)年8月27日、ちょうど15年前、大津比叡山線が1958(昭和33)年4月からの37年の歴史に幕を下ろしました。1966(昭和41)年の奥比叡ドライブウェー開通に伴って、大津駅-堅田駅を比叡山経由で縦走する形をとるようになってから数えると30年足らずの寿命でした。末期は大津駅-四明嶽(比叡山頂)の運行だったようです。

当時インターネットも普及していませんので、ほとんど何も知らないまま、あとで気付いたという感じだったように思います。デジタルカメラもありませんし、そもそもバスを「撮る」という発想もありませんでした。

運賃は高いですが、いくらでも乗る機会はあったのに結局乗らずじまいで、写真から運賃表から、ほとんど何一つ手元にありません。ネットで検索してもほとんど何も出てこないので、もう忘れ去られてしまっているのでしょう。

1993(平成5)年6月の大津営業所移転時に、ターボエンジンの車両は全て山科営業所に行ったはずなので、末期の2年間だけは、大津比叡山線も山科管轄だったのでしょうか?それすらよく分かりません。

私が子どもの頃は、大津比叡山線・大津比叡平線が大津管轄だったため、たまに石山、南郷方面にもそれ用の豪華な車両が来ることがありました。全席2人掛け、補助席付き、つり革なし、運賃表は幕式ですが、長距離でたくさんの整理券を発行するため、特別に細かく仕切られていました。運転席の操作盤も、普通と違ってダイヤルが二重になっていました。

当時はシートの色がワインレッドやオレンジで、特にオレンジのシートは背もたれが高く、分厚く、今の「Bタイプ」よりずっと特別な雰囲気がありました。印象に残っている方も多いのではないでしょうか?朝夕のラッシュ時は通路が狭くて乗降に不便なのですが、それでも一般の路線でこれに当たると、幼心に「当たり!」気分だったのを覚えています。

乗った時は、普通の路線用の車両には掲示されていない、大津駅から堅田駅までの大きな三角運賃表を食い入るように見つめたものでした。インターネットがあれば簡単に見られますが、当時は車内で見るしかありませんでした。

今、私の手元にある、大津比叡山線の存在を物語る比較的新しい資料は、路線図数枚だけです。いずれも、以前古写真の提供でお世話になった、るうパパ様から頂いたものです。

雄琴駅1

雄琴駅2

上の2枚は、湖西線雄琴駅(現おごと温泉駅)のバス停に掲示されていた路線図で、大変大きい変形サイズだったため、上と下とで分けております。バス停名の横に書かれている数字は、雄琴駅からの運賃です。

1985.3.1現在 大津管内路線図

この路線図は、ベーシックで重要な資料ですので、別のところでも出させて頂くかもしれませんが、1985(昭和60)年3月1日現在の大津管内の路線図です。
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