青いバス停

There have been buses for more than 90 years in Otsu City. 「専攻?」である大津営業所管内の京阪バスの歴史を主体とした交通関係の記事をはじめ、雑記を記しております。
「新浜」と書いて、「しんはま」

石山南郷方面の方はもちろん、京阪バスのマニア、ファンの方なら、京都や大阪の方でも必ず知っているであろう、京阪バスのターニングポイントの1つです。

現在は、日中の52号経路(石山駅-南郷中学校-新浜)や、朝夕の2号経路(石山駅-平津-新浜)などが、大石小学校まで南下せずに、ここで折り返しています。
↓早咲きのコスモスの咲くロータリーとW-1951。4年前の写真ですみません(汗

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↓私も2回しか見たことのない、恐らく極めて稀な夜間走行のB-3969 2・新浜行き。
※他の大半の車と違って、貸切兼用で、吊革なし、補助席あり、最前列以外全て2人掛けなので、一般路線には滅多に使われない。

IMG_2136 (2)

よその方は最初は結構「にいはま」と読んでしまっていますが、日本語の原則から言うと、その方が「訓読み+訓読み」で自然です。「しんはま」は「まいばら」と同じく、「重箱読み」ですね。

「新浜」は、所在地は「大津市南郷六丁目字岡の平」なのに何が「新浜」なのか?とか、昔は「落穂寮前」というバス停名だったらしいとか、実は非常に奥が深いバス停で、調べだすと面白くて止まらないのですが、その辺はまた別途。

瀬田川沿いに、南郷の旧集落から飛んで、ポツンと島のように団地があるだけのこの地に、いつの間にかうどん屋さんができたと友人から聞きつけ、8月のある暑い日、早速行ってきました。各サイトさんの記事を見ていると、少なくとも1年ほどは経っているようです。



(朝から先ほどまで、なぜかずっと東京六本木の地図が出ていたようで、読者の方にご連絡を頂きました。訂正させて頂きました。申し訳ありません)

↓駐車場は常に車が入れ替わり立ち替わりという感じで、それなりにはやっているようでした。

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↓店名は「輝良里(きらり)」なのだそうな…。

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↓窓が広い!瀬田川の眺めがいいですね。表は喫煙席。カフェみたい。実際、デザートも結構充実しているようです。
川の向こうは田上(たなかみ)の太子(たいし)…。

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そういえば6月9日付拙稿80年代から90年代をかけぬけた「パル」に、6月21日付で滋賀は第2の故郷様が寄せて下さった、
「『太子町から大津市会議員に当選された方がおられて(1期だけだったそうですが)その方のお力?で太子線のバスが走っていた時代がある』と田上出身の方から聞いたことがあります」
とのコメントに基づいて、大津市立図書館で市議会議員名簿や議事録を見たのですが、よく分からなかったことを思い出しました。また調べな……。

撮り損なってしまいましたが、帝産バスがほとんど空っぽで関津(せきのつ)方面に走って行きました。少なくとも昭和47年頃までは、関津から峠を越えて、大石の小田原まで帝産バスが走っていたことがはっきりしています。それももっと調べなアカン。ぎょうさんやることあるわ……。

↓私が頼んだ「きらり定食」。うどんは大盛り、冷・熱選択できますが、暑かったので冷たい方にしてもらいました。これで大盛りか?と思うひともいるかもしれませんが、コシがあって、結構もちっとくる食感なので、実際より多く感じます。まあ、うどんがこの2倍あって、ケーキ2つくらいついていても簡単に食べてしまうでしょうけど。炊き込みご飯も、辛くもなく薄くもなくほどよいお味、えび天がスーパーで売っているようなコロモとエビとどっちが多いねんというような代物なら二度と来るまいと思ったけど、さすがにそんなことはありませんで、ちゃんとしたのが2尾だから、これなら980円、まずまずだと思います。

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↓ごく普通の和風の感じのメニューが並ぶ中、異色の「かま玉チーズうどん 680円」

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同行した友人(この店を教えてくれたのとは別の友人)が、変わったやつにしようとか言って、頼んでいました。

「初めてやのに、そんなのにチャレンジするか?私は遠慮しておくわ。ふつうでいいわ。まあ、好きなようにしぃやはったらよろしおっせ。」
なんて、私はいつもの調子…。

普通の醤油は各テーブルに置いてあるのですが、「釜玉」と書かれた別の醤油がついています。

「どうどすか?おいしおすか?」
「…………ちくわは揚げたて(苦笑)」
「うどんはいな」
文字に起こしたら変だけど、「は」は「わ」と発音して、確かにこんなこと言いますよね。
返事を待たずに、
「アンタ、醤油かけへんの?」

「かけた方がいいかな?」
といって、全体的に掛け始めるので、思わずお母さんみたいに、
「あぁ、あぁ…いっぺんに掛けんかて、ちょっとずつ加減しもって掛けたらええのに!」
とツッコミ…

何でもチーズが粘りすぎで、醤油もなかなか交ざらないし、おいしいまずい以前に食べるのが大変なのだとか。そら見たことか、言わんことない(意地悪な笑)

結局、
「まあ、変わったメニューとしてはいいと思う」
との微妙なコメントと、
「写真撮っている間に少し冷めてチーズが固くなったのかも」
という私への嫌み???で幕を閉じました(爆)。

これを高く評価されている方もいらっしゃるし、好みですので、あんまり気になさらず、注文して下さい。スイス人なんか
「うどんのチーズフォンデュや!」
いうて喜ぶかもしれませんね(???)。
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コメント
この記事へのコメント
気になってました。
 洗堰を曲がらずに南下するということは殆どないのですが、今年6月「鹿跳橋のあたりの水位はどうなってるのかな?」と主人とちょっとドライブしたときに、こちらのおうどん屋さんに気づきました。
記事を拝見していると、結構リーズナブルでおいしいそう。。だからあんなに車が多かったんだなぁと納得。
今度、私も行ってみることにします。
そういや、「岡の平」行 のバスは最近みかけなくなったなぁと。。文中の地名を見て気づきました。


南郷公園のカーブのところあたりにできた、レストラン?カフェのハンバーガーがおいしいというお話も聞いたことあります。
2011/09/20(火) 20:19:51 | yume | #/eG2YYas[ 編集]
Re: 気になってました。
yume様 早速ありがとうございます。

>  洗堰を曲がらずに南下するということは殆どないのですが、今年6月「鹿跳橋のあたりの水位はどうなってるのかな?」と主人とちょっとドライブしたときに、こちらのおうどん屋さんに気づきました。

私も、南小や洗堰を境に南郷・岡の平方面はなじみがなくてよく分かりません。先日も友だちと、久しぶりに石段でなく、山から立木山に登ろうという話になった時、登り口がなかなか分からず、往生しました。

> そういや、「岡の平」行 のバスは最近みかけなくなったなぁと。。文中の地名を見て気づきました。

また憎まれ口みたいな書き方ですが、私は若すぎて逆に「岡の平」などという行き先があったことは記憶がはっきりしないんです(爆)。…失礼しました。
1982(昭和57)年版の「京阪時刻表」では確かにその存在が確かめられます(枚方市立中央図書館などで閲覧可)。その次の1984年版ではもう新浜になっていますし、実際、あそこが宅地開発されたのは1983年なので、82年から84年の2年間に、何か変化があったのでしょう。京阪バスの社史各種では残念ながら確かめられませんが、宅地造成をする時についでにロータリーを作って、折り返しがしにくい岡の平から、新浜に折り返し地点を移したのかもしれません。

大石小学校・外畑の区間運転として、需要が一段落する岡の平での折り返しの歴史は実は意外に古くて、昨年10月16日付拙稿「1955(昭和30)年10月15日 京阪バス大津地区ダイヤ改正」http://contrapunctus.blog103.fc2.com/blog-entry-78.htmlでも取り上げた通り、当時の新聞記事の「近江学園前行(新設)」という書き方からすると、最低でも1982年まで27年の歴史があったことになります。

> 南郷公園のカーブのところあたりにできた、レストラン?カフェのハンバーガーがおいしいというお話も聞いたことあります。

そんなのがあるんですか?ちっとも知りませんでした。実はちょっといい店が意外とあったりするんですよね、南郷も。ただ、出前を受け付けてくれるラーメン屋さんがないのに閉口。
余計な話ですが、石山学区と合わせて人口2万人ほどの巨大なラーメン空白地帯なので、出前をすれば絶対はやると思います。これをお読みのラーメン屋さん、ぜひご検討下さい。
2011/09/20(火) 22:17:33 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
また懐かしい地名です
割と仲の良い友だちがここからバス通学していたのでよく覚えていますし、実際に私たちが彼女の家へ遊びに行くときにも他の近所の子とは違って、バスに乗って行くというのがすごくワクワクした思い出がある場所です。
食べ物屋さんはもちろん、普通のお店(スーパーなど)もないような場所だったと記憶しているので、うどん屋さんができたというのは驚きでした。写真見てみるとおいしそうですね!
バス停名称の変遷についても掲載されるのを楽しみにしてますね。
2011/09/21(水) 00:32:05 | れお | #pamUQ3n2[ 編集]
Re: また懐かしい地名です
れお様、コメントありがとうございます。

> 割と仲の良い友だちがここからバス通学していたのでよく覚えていますし、実際に私たちが彼女の家へ遊びに行くときにも他の近所の子とは違って、バスに乗って行くというのがすごくワクワクした思い出がある場所です。

新浜でバス通学ですか?外畑や内畑は知っていますが、新浜でバス通学の子どももいたんですね。
最近、小学生時分から知っている友だちと、立木観音に行った帰りに、新浜の団地に立ち寄った時、その友人は、
「国道側は交通量が多くて、今のように信号もなく、すごく危なかったから、裏側から回って友だちの家に行っていた」
と言って、私も知らなかった、岡の平バス停から近江学園跡地を抜けて団地につながる道を教えてくれました。そちらはそちらで、木が鬱蒼と茂っているところや、ため池があったりして、違う意味で危なそうでしたが…。

> 食べ物屋さんはもちろん、普通のお店(スーパーなど)もないような場所だったと記憶しているので、うどん屋さんができたというのは驚きでした。写真見てみるとおいしそうですね!

国道の方に喫茶店はあったのですが、今はないようです。その後にできたのが「輝良里」かもしれません。また調べてみます。

> バス停名称の変遷についても掲載されるのを楽しみにしてますね。

期待されると結構重圧ですね(爆)。資料が少ないので、そんなちゃんとした記事にはならないと思いますし、いつまとめられるか心もとないですが、できるだけのことはやってみます。
2011/09/21(水) 22:16:32 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
追伸
れお様の方ではリンクに追加して下さっていたのに、こちらがパソコンが不調になったりいろいろあって失念しており、失礼しました。今日、リンクに追加させて頂きましたので、また宜しくお願いします。
2011/09/21(水) 22:37:29 | 喜撰猿丸 | #HdXTMQ3I[ 編集]
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